サイコ医局長の検体
「しばらくすれば立ち上がれると思いますので、どうかお気になさらず、」
「なに言ってるんですか! すぐに人を呼んで来ますんでちょっと待ってて下さい!」
看護師が慌てて非常扉を開け、フロアに入っていく。
大したことじゃないのにやめてほしい。
ただでさえ忙しい院内だ。皆一人でも多くの患者を助けるため、自分の仕事に追われている。
事務員の小さな事故一つで、誰かが駆けつけに来るとは到底思えない。
とりあえず設備点検には遅れそうなため、スマホで事務室に電話をかけようとする。
でもここは電波が悪いのか、通話が上手く繋がらない。
仕方なく看護師が来るのを待つことにした。
しかし10分経っても一向に来ない。
まだ外来中だし、きっとこの時間に医師は誰もつかまらないだろう。
それに捻挫は湿布を貼って治す以外にない。どうせ湿布を貼ったら、自力で動く以外に方法はないのだ。
(鈍臭いな私……。絶対父に知られなくない!)
どうせあの人には、『やっぱり亜月はおっちょこちょい』だと言われるのが目に見えている。
女遊びばかりしている父に自分の失態を知られるのは、なんともいい気がしない。
(とにかく、無理矢理にでも立って総務に戻らないと!)
階段の手すりを持ち、右足に力を込める。
さっきより左足が痛い気がするが、痛みなんて気合いでどうにでもなるものだ。4人産んだ母がそう言っていた。
顔をしかめながら、一段一段踏みしめていく。
髪を振り乱し、とにかく設備点検の業者と会わなければと、決死の形相でフロアの扉に手を伸ばす。
でも膝が崩れ、再び転びそうになった。
「馬鹿なんですか貫アヅさん!」
間一髪、転びそうな手前で抱きとめたのは、十三郷医局長だった。
どこから入ってきたのか、後ろから片手でお腹を支えられている。
自分の小さな身体が、たった十三郷の左手一つに助けられたのだ。
「あ……十三郷先生?」
「ああ、これは靭帯が腫れてますね。しかも膝まで打ち身を。」
「あの、大した痛みじゃないので大丈夫です。では私はこれで、」
「大丈夫じゃないでしょうあなた!」
十三郷がいとも簡単に亜月を横抱きに抱えて、片手で非常扉を開く。
亜月は一瞬、「ひぃっ」と引きつった顔になった。このお姫様抱っこの状態でフロアに出るなんて、めちゃめちゃ目立つからやめてほしい。
「あ、貫さん! 十三郷先生!」
先ほどの看護師が、手に湿布と包帯を持ち、慌てて駆け寄ってくる。
狂人に横抱きにされている亜月を見てか、少し青ざめた顔となった。