無難に生きたいのに、全力すぎる彼が構ってきます
 「期待してください。絶対おいしいですから」

 幹人もエレベーターに乗り、天音の隣に立った。まだ食べてもいないのに、なぜか自信満々だ。
 でもそう言われると、不思議とそんな気がしてくる。

 エレベーターの扉が静かに閉まり、表示灯の数字がひとつずつ増えていくのを、天音はなんとなく見つめていた。隣に立つ幹人の紙袋から、香ばしい匂いが漂ってくる。
 絶対おいしいと太鼓判を押した彼の笑顔を思い出して笑みが零れ、慌てて口元を引きしめた。

 やがてエレベーターは総務部のフロアに到着。扉が開くと天音は軽く会釈をして降り、いつもの通路を歩いて自席へ、幹人は今日やるべき仕事の内容を聞くために杉村の席へ向かった。
 パソコンを立ち上げると、未処理の申請書類と社内メールが淡々と画面に並ぶ。備品の補充申請、会議室の予約調整。特別なことはなにもない、いつも通りの朝だ。
 確認して判断して、必要なところへ回す。その繰り返しに、自然と身体が馴染んでいく。

 視線を上げると、フロアの向こうで幹人がべつの社員の隣に座り、画面を覗き込みながら説明を受けているのが見えた。頷いたりメモを取ったりする姿は真面目で、朝のエントランスで見せた気さくな表情とは違う。

 (ちゃんと仕事してる)

 それだけで、なぜか安心してしまう自分に気づき、天音は小さく首を振った。

 (私が気にする必要はないでしょ)
< 64 / 251 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop