学校がこわい君へ ~ようこそ! ここはポン先生とカンちゃんの『学校攻略作戦室』です

第1話 学校がこわい朝

 学校が、こわい。

 朝になると、お腹が痛くなる。

 キリキリ。

 きゅう。

 見えない手に、お腹の中をぎゅっとつかまれているみたい。

「ヒマリ! 遅れるわよ!」

 キッチンからママの声。

「……うん」

 返事はした。

 でも、足が動かない。

 ランドセルは背負っている。

 宿題も入れた。

 水筒も、連絡帳も、ハンカチもある。

 お守りとして、クマのぬいぐるみもランドセルのポケットにしのばせてある。


 それなのに、玄関に立つと、急に息が苦しくなる。

 学校に行かなきゃ。

 でも、行きたくない。

 こわい。

 教室がこわい。

 休み時間がこわい。

 友達がこわい。

 いや。

 もう「友達」じゃないのかもしれない。




 昨夜、22時だった。

 スマホに届いたグループルームのメッセージ。

『ヒマリって八方美人だよね』

『いい子ぶってる』

『空気重くなる』

 最後のひとことが、まだ刺さっている。

『来なくてもいいかも』

 来なくてもいい。

 それってつまり――。

(いない方がいいってこと……?)




「ヒマリ?」

 ママが顔を出した。

「またお腹?」

「……うん」

 ほんとうは、お腹だけじゃない。

 胸も痛い。

 息も苦しい。

「友達からスマホにメッセージが入っていて、わたしのこと重いとか……」

 ママはさえぎるように言った。

「女子ってそういうものよ。

 けんかして仲直りして、またけんかする

 その程度の言葉は普通。気にしすぎなのよ」




 また、それだ。

『気にしすぎ』

 わたしは最近、その言葉がきらいだった。



「笑っていれば大丈夫」

 ママは言う。

 笑っていれば。

 わたしは思う。

(じゃあ、ほんとに笑えなくなったら?)



 あの日も、笑った。

 本当は嫌だったのに。

 友達の悪口に合わせて。

 空気を壊さないように。

 笑った。

 なのに、次の日には今度はわたしが外されていた。




「今日は行きなさい」

 ママの声が少し強くなる。

「休みグセがつくと困るから」

 その瞬間。

 涙がぽろっと落ちた。

「ごめんなさい」

「謝らなくていいから、行きなさい――」

「ごめんなさい……!」

 わたしは、玄関にしゃがみこんだ。




 もう無理だった。

 お腹が痛い。

 胸が痛い。

 学校がこわい!

 ただ、それだけだった。




 その日、わたしは学校を休んだ。

 次の日も。

 その次の日も。

 部屋のカーテンは閉めっぱなし。

 スマホを見るのもこわい。

 学校のことを考えるだけで、お腹が痛くなる。




 2カ月たった。

 ママが紙を持って部屋に来た。

「担任の田中先生に紹介された場所があるの」

 わたしは布団の中から顔だけを出した。

「ここ」

 差し出された紙を見て、思わず眉をひそめた。

『学校攻略作戦室』

「……え?」

 なんか怪しくない?

 すごく怪しくない?




「教育支援センターらしいんだけど」

 ママも少し困った顔だ。

「名前が……ね。なんかね」

 いや、名前、絶対変。



「学校がしんどい子が通うところなんだって」

「学校……」

「無理に戻れとは言われないらしいわ」

 わたしは紙を見る。

 学校攻略作戦室。

 なんなの、それ。

 ゲームみたい。



 数日後。

 わたしはママに連れられて、こわいもの見たさでそこへ向かった。

 古い建物の二階だった。

 ドアの前に、大きな手書き看板。


『学校攻略作戦室』

~今日も生きのびろ!~




「……なにこれ」

 帰りたい。

 すごく帰りたい。

 すると。

 ガチャッ。

 突然ドアが開いた。

「おお! 新入りか!」

 大声。



 びっくりして、わたしは飛び上がった。

 目の前にいたのは。

 大きい。

 声がでかい。

 白髪まじり。

 そして、なぜか上下のジャージ姿。

「わしは本田!」

「みんなポン先生と呼ぶ!」

「え」

「さあ! 君の困りごとを聞こう!」

「えっ!?」

 距離が近い。

 声が大きい。

 圧がすごい。




 無理。

 帰りたい。

 すると奥から声がした。

「ポン先生、声大きすぎだよ」

 窓ぎわに黒パーカーの女の子がいた。

 パーカーのフードをかぶっている。

 少しだけ紅い髪の毛が見える。

 本を読んでいる。

 でもたぶん、さっきから全部聞いていた。

 その女の子が怠そうな声でゆっくり話す。

「大事なお客様が初日で逃げてもいいんですかぁ?」

「いや! 熱意を示そうと思って!」

「暑苦しいですぅ」

「うん、それは褒め言葉だな?!」

 変な人たちだ。



 黒パーカーの女の子は、本を閉じた。

 そして、わたしを見た。

 じっと。

 少しだけ目を細めた。

 そして立ち上がった。

「わたしはカンナ。カンちゃんって呼んでほしい。
 
 あなたは名前なんていうの?」
 


 話しかけられてドキドキした。

 素敵なお姉さんだった。

 黒のパーカーにデニム。

 細い足がかっこいい。

 黒パーカーの下で、きれいな紅い髪が胸のところで揺れた。

 
 「あ、わたし、ヒマリです」

 いつもママが言っていることを思い出した。

 「笑っていれば大丈夫」

 急いで笑った。

 
 「そっか、ヒマリちゃん……笑うの、がんばりすぎてない?」

 わたしの心臓が止まりそうになった。


 なんで?

 何も言ってないのに。

 どうしてわかったの?

「わたし、カンナもね」

 女の子は言った。

「元・学校ムリ勢」

「……ムリ勢?」

「プロ不登校」

 ポン先生が突っ込む。

「カンちゃん、そんなプロあるのか!?」



 初めて。

 ほんの少しだけ、ふたりのやりとりが面白いと思った。

 笑った、かもしれない。

 すると。

 ポン先生がニヤッと笑う。

「よし!」

「第一ミッション成功!」

「……え?」

「ヒマリ!」

 ポン先生が親指を立てた。

「今、ほんとに笑ったな!」


 学校はこわいけど、この場所はちょっとだけ、気になる。

 そう思った。
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