年下幼馴染はおててに夢中
「どんな映画なの、これ」

 キャラメルポップコーンとバター醤油ポップコーンをハーフアンドハーフにして、それぞれ飲み物を買って着席した二人。
 結が見たいものならなんでも良かった辰彦は、予告編の段階でようやくあらすじを把握しようとしていた。

「病気になった年下幼馴染が死ぬまでの七日間を過ごした人の実体験を元にしたラブストーリーだって。
 すごく泣けるって人気みたいだよ」

 よっぽど気になっていたのか、映画を見る前からパンフレットを購入していた。
 
「実在の話では想いを伝えられないまま、亡くなっちゃったみたいだけど、映画のストーリーはどうなんたろうね?
 ⋯⋯やっぱり、人間いつ死ぬかなんて分からないから、言いたいことはちゃんと言っておくべきだよね」

 それは声に出したけれども、自分に言い聞かせるように呟いたつもりだった。
 だがそれを隣で聞いていた辰彦も、結のふとした言葉に少し考えるような素振りをした後、ふとパンフレットから結へと視線を変えた。

「⋯⋯結ちゃん、俺ーー」

 辰彦が何か口に出しかけた時、予告が終わって照明がオレンジ色から完全に黒へと変わり、少ない観客の話し声も聞こえなくなった。
 鑑賞前のマナー講座が始まり、いよいよオープニングが始まろうとしていたが、気になったのかこっそり結が顔を近づけて耳打ちした。

「どしたの?」
「⋯⋯っま、また後で話す」

 出鼻をくじかれたようで、辰彦は頬を赤くして、首を亀のように引っ込めてしまった。
 暗がりで結にバレなかったのが唯一の救いだった。

***

「めっちゃ泣けた⋯⋯」

 エンディング後。
 あまりにも号泣してしまったため、メイクが崩れてないか鏡で確認しながら、結は辰彦と並んで階段を降りていった。

「途中ハッピーエンドじゃなかったらどうしようかと思ったけど、よかった。命が助かって幸せになれて」

 本編では主人公と幼馴染は難病を乗り越え、一緒に挙式する所でエンディングを迎えることができた。
 途中の余命宣告、浜辺で愛を誓うシーン、悪化して緊急手術に入り、主人公が祈るシーン。ほぼ全てで結は泣いており、辰彦は映画に入り込む結に気が散って集中できなかったため、上手く返事が出来なかった。

「どう? 辰彦は楽しめた?」
「面白かった。特に途中の、『明日死ぬことよりも、君にこれを伝えられずに死んでしまうことの方が恐ろしかった』って告白のシーンが⋯⋯」
「⋯⋯シーンが?」

 そこで言葉に詰まってしまった辰彦と、少し待ってみるも喋り出さない辰彦を心配そうに見上げる結。
 何か言おうとしてるようだが、迷ってるのか動揺してるようだった。
 そういえば映画の前もなにか喋りかけていたな、と思い出して聞こうとしたその時、辰彦がエスカレーターを指さした。

「結ちゃん、屋上いかない? 今ライトアップした公園が見れるようになってるんだって」
「う、うん? わかった」

 本当に行きたいのか、話をそらすためなのかは辰彦本人にさえわからなかった。
 しかしエスカレーターを登ってみると、紫陽花をライトアップした公園がすぐ下に見えていた。

「わっ、この公園こんなライトアップなんかしてたんだ、知らなかった。
 綺麗だね」

 もう何年もこの街に住んでるのに初めて見る光景だった。
 屋上の手すり越しに、結は夢中で公園を見つめていた。その結の横顔を辰彦はじっ、と見つめると、こつんと手の甲を結の手の甲にぶつけた。
 最初は触れただけかな、と気にも止めなかったが、するっと大きな小指が小さな親指を引っかけた。流石に結が少し驚いて見上げると、ばちっと辰彦と視線が絡んだ。

「⋯⋯結ちゃん」
「た⋯⋯辰、彦?」

 バレたにも関わらず、辰彦は仏頂面のまま、小指を動かして結の手のひらから小指の隣へと移し、結の指の間に交互に差し入れてから、手のひらをくっつけた。
 恋人繋ぎ。恋人でもないのに、そう呼ばれる繋ぎ方をしながら、呟くように辰彦は小さな声で続けた。

「今日ずっと⋯⋯何度も言いたかったけど、言えなかった。
 また結ちゃんに、ごめんって言われるのが怖くて」

 ごめん。それについての思い出は、高校生の時の苦い思い出が強かった。二人共。
 辰彦に告白されたのか嬉しかったのに、応えることはできなかった。ごめんと言って、差し出された手を握れなかった。
 再び手を差し出すのが、結に想いを伝えるのが怖かった。

「でもやっぱり、結ちゃんに伝えられないまま、今日を終わるのは嫌だ。
 また同じ結果になるとしても、俺の自己満足のために聞いて欲しい」
「⋯⋯うん」

 ただ一方的に握られていた手を、結はそっと握り返した。
 互いに少し汗ばんで、熱を持ったまま、その温もりに縋るように辰彦は強く手を握って結を真面目から見つめた。

「好き。結ちゃんが好きです。
 俺と、付き合ってくれませんか」

 左手は結と握ってるから、右手を差し出した。あの時と同じように。
 でもあの時とは決定的に違う。辰彦の左手の温もりも、結の表情も、何もかも違う。
 結はにこ、と口の端をあげて笑うと、そっと辰彦の右手に左手を乗せた。

「喜んで」
「ーーっ!」

 ある程度答えは二人ともわかっていたろうに、辰彦は目を丸くして嬉しそうに手を握ったまま、結の肩に擦り寄った。
 抱き寄せるよりも、結の手を握ってるほうが良かった。

「よかった⋯⋯嬉しい、俺⋯⋯俺⋯⋯」
「私も嬉しい、ずっと好きでいてくれたんだね」

 小さな頃からずっと結の手が大好きだった。幼稚園では泣き喚く自分を引っ張り、中学生の時はテーピングしてくれたり、大学生の時に熱を出した時はひんやりした手で心配そうに看病してくれた、その手が。
 拒絶されずに自らの手に収まってるのが、嬉しくて仕方なかった。

「⋯⋯もう離さない。
 ここは⋯⋯もう俺のものだから」

 ちゅ、と辰彦の乾燥した唇が結の左手に口付けられた。
 さっきまではあんなに焦って赤面していた結だが、今度は頬を染めつつも、どこか嬉しそうだった。

「待ってるからね」

 互いの薬指に永遠を誓うリングがはめられるのは、もう少し先のお話である。
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