夜盲
顎よりすこし下の位置で切りっぱなしにしているボブヘアは、ドライヤーが楽だからなんとなくこうしているだけで、とくに髪型にこだわりがあるわけじゃない。
佳乃くんがそうしてほしいって言うなら、伸ばしてみるのも、アリだ。
「長い方が似合うかな?」
「おれ、長いのが好きなんだよね」
「なにー。元カノの影響?」
「ノーコメントで」
「それさ、肯定してるのと同じだからねー」
けらけらと、機嫌良く笑うふりをしてみるけど、ほんとうはすこし傷ついていた。あーあ、否定してくれないんだ、って。
それでも空気を壊さずにいつもの調子で笑っていようと思うのは、せっかくピアスを開けてもらって、佳乃くんのピアスまで貰っちゃって、いい感じの雰囲気だったからだ。
普段だったらブチギレてしまうところだけど、ここで反発したり、佳乃くんを問い詰めたりしたら、積み上げてきたぜんぶが台無しになる。だからここは、笑ってるふり。
そんなとき、佳乃くんが「宵」とあたしの名前を呼ぶ。
「なんで笑ったふりしてんの」
「え、なにが?」
「目、ぜんぜん笑ってないけど」
なーんだ、気づかれてたんじゃん。
指摘されると、すこし後ろめたい気分になる。隠していたことを暴かれたときとか、悪いことをして怒られちゃったときみたいな感覚だ。
「……よくわかったね」
「おれ、エスパーだから」
「ばか。女たらしなだけでしょ」
「それは、否定しないけど」
テーブルに頬杖をつきながら、佳乃くんはあたしの手を握った。大きくて、ごつごつした男っぽい手が、あたしの手の甲を愛おしいものみたいに撫でていく。
そうやってあたしの機嫌をとったりして、それで許されると思っているのが憎たらしい。そして何よりも、媚を売られているとわかっていてもなお、彼を許そうとしているあたしの愚かしさたるや、まさに笑いものである。
「ふつうに似合うと思うから、伸ばしてほしいだけ」
「……考えとく」
「うんー、楽しみにしてる」
両耳が重力で下に引っ張られている。あたしの心は引力で、佳乃くんの方に引っ張られている。ジェットコースターみたいな感情の乱高下はぜんぶ佳乃くんのせい。あたしの喜怒哀楽の手綱は佳乃くんに握られている。
単純なあたしは、髪の毛を伸ばすつもりでいた。