夜盲




 乃亜くんが家から持ち出してきてくれた小さいスコップを手に持ち、地面に向かってそれを突き立てる。がちがちに踏み固められているせいで、うまく掘り進めることができない。

 結局すぐに、隣にいる乃亜くんにスコップを手渡した。

 乃亜くんはあたしに代わり、右手でスコップを握る。



「佳乃、結局花音さんと別れたらしい」

「へえ。なんで」

「花音さんから振ったって。女子高生と遊んでたとかあり得ないからって」

「ふうん。なんだ、常識人じゃん」



 乃亜くんがスコップの尖った部分で、土の表面をガリガリと削りはじめた。手応えはあまりない。

 水分が足りないから掘れないのかもね、と言うと、乃亜くんは通学用のカバンから水が入ったペットボトルを取り出して、その中身を躊躇なくどぼどぼと地面に落とした。濡れた部分だけ土の色が濃くなっていく。



「夢見さんは、いいの?」

「いいよ、別に。もう吹っ切れたっていうか、目が覚めたっていうか」

「そう」



 乃亜くんの手によって、すこしずつ土が掘り起こされていく。水を足したり、表面を削ったりを繰り返していくと、ちょうど10センチくらいの深さの穴ができあがった。これだけあれば、十分だ。

 あたしはブレザーのポケットから、ピアスを取り出した。

 去年の秋に、この公園で佳乃くんがくれた、小ぶりなシルバーのフープピアス。あたしはこれを、埋めに来た。

 何の抵抗もなく、それらを掘った穴の中にぽとりと落とす。乃亜くんからスコップを明け渡してもらい、2片のシルバーに、上から土をかけた。

 佳乃くんからこれを貰ったときは舞い上がるほどに嬉しかったけど、今このピアスを見ても辛くなるだけだ。この行為は、元カレの写真を消すとか、そういうことをする感覚に近い。過去の男を忘れるためのおまじないみたいなものだ。



「これって、不法投棄かな」

「さあ。でも、土には還らないんじゃない」



 土をかけ終えてから、スコップの裏側でその場所を叩き、地面を固める。

 それから、その穴に向かって両手を合わせた。隣にいる乃亜くんもつられて、両手を合わせる。



「ていうか。これ、なに」

「恋のお墓」

「毎年墓参りするの?」

「するわけないじゃん」



 好きだった。本当に、あの人が好きだった。

 傷はかさぶたになって、徐々に治りかけてきたけれど、たまに彼のことを思い出しては、かさぶたをむりやり剝がされるような痛みが生まれてしまう。

 それくらい、特別だった。あたしには、あの恋がすべてだった。



「夢見さんの耳。これって、塞がる?」



 乃亜くんが、人差し指であたしの左耳に触れた。

 彼が言っているのは、あたしの耳たぶに空いているピアスホールのことだろう。佳乃くんに開けてもらったピアス穴はまだ、塞がりそうにない。



「どうだろ。どっちにしたって、時間がかかるかも」

「ずるいな、それ」

「ね。ずるいよね」



 ピアスの埋葬は終わっている。だけどふたりとも、その場を動けない。

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