密かに… そっと…
「二人とも、休憩入って」

ランチタイムが落ち着いたころ、店長が私たちに声をかけてきた。

(二人とも……)

(二人……?)

(えっ、詩音くんと一緒にお昼ご飯⁈)

その一言は、私には神様の声みたいに聞こえた。

体温が一気に上がる。

頭に血がのぼるのが、自分でもわかった。

詩音くんとの、二人きりの時間。

何を話そう。

何をしたらいいんだろう。

頭の中が、ものすごい勢いで回り始める。

エプロンを外しながら休憩室へ向かう詩音くんの背中を追おうと、一歩踏み出したそのとき。

「風香ちゃん、何が食べたい?」

店長に呼び止められた。

「えっと……詩音くんは?」

「詩音はもう聞いたんだよ。オムライスって」

(オムライス……!)

(美味しそう)

「それ聞いたら、私もオムライス食べたくなっちゃいました」

思わずそう言ってから、ふと気になる。

「でも、オムライスを二つ作るのって大変じゃないですか?」

「今はお客さんいないから大丈夫だよ。何のソースにする?」

「それなら、トマトソースでお願いします」

「かしこまりました」

詩音くんと、オムライス。

それだけで、胸がふわっと軽くなる。

二人で話すのなんて、久しぶりだ。

最近は、白田さんと楽しそうに話しているところを、横目で見ることしかできなかったから。

休憩室の扉を開けると、スマホを見ている詩音くんが、こちらに背を向けて座っていた。

「お疲れ様、詩音くん」

隣を通りながら声をかけ、ちらりと画面を見る。

「あっ、そのゲーム……私もやってるよ」

いつも遊んでいるスマホゲームだった。

顔を上げた詩音くんと、目が合う。

ドキッ、と胸が跳ねる。

「あっ、ごめん。急に声かけちゃったね」

「大丈夫。最近、友達に一緒にやろうってしつこく言われて、始めたばっかりなんだけど……」

「そっか。いいね」

少し嬉しくなる。

「私なんて、周りの友達は誰もやってないから、いつも一人でクリアしなきゃいけなくて大変なんだよね。ほら、女子がやるようなゲームじゃないじゃん」

「レベル、どれくらい?」

「今、68だよ」

「68?」

驚いたように、詩音くんが目を見開く。

「一人でやってて? すごいね」

「わりとゲーム出てすぐ始めてるからね」

「そうなんだ」

少し間が空く。

そして――

「あの、三波さん」

少しだけ緊張したように、詩音くんが口を開いた。

「よかったら……フレンドになりませんか?」

「そしたら、一緒にゲームできるし……」

「……えっ?」

一瞬、思考が止まる。

「あっ……も、もちろんです!」

慌ててスマホを出そうとして、ポケットを探る。

(あっ――ロッカーの中だ!)

テンパりすぎて、自分でもわかるくらい挙動不審になる。

そのとき。

ガチャッ。

休憩室の扉が開いた。

店長が、オムライスを二皿運んできてくれる。

「……風香ちゃん、ダンスの練習?」

「ち、違いますっ!」

思わず声が裏返った。

「ちょっと、探し物してまして……」

なんて恥ずかしい……。

顔が熱い。

たぶん今、かなり赤い。

「ははっ」

笑い声が聞こえて、さらに恥ずかしくなる。

「オムライス、食べよっか」

気を取り直すように席へ着く。

「美味しそう! いただきまーす」

一口食べると、トマトの酸味が口いっぱいに広がって、ふわふわの卵の甘さがじんわり心をほどいてくれる。

「美味しいー」

そう言って顔を上げた、その瞬間。

バチッ。

また、目が合った。

ゴホッ、ゴホッ――

思わずむせてしまい、慌てて水を飲む。

(そっか……)

(私、今、詩音くんの前に座ってるんだ)

(……あれ、待って)

(この休憩室、二人きりじゃない?)

今までも二人になることはあった。

でも、それは勉強だったり、仕事だったり。

店内で、誰かの気配がある場所だった。

こんなふうに、狭い部屋で二人きりになるのは初めてだ。

そう思った途端――

急に、緊張してきた。

(大丈夫かな……)

(詩音くん、私と二人きりで……)

気になって、そっともう一度見る。

何事もないように、黙々とスプーンを口に運んでいる。

……何とも思ってないのかな。

私ばっかり、こんなに意識してるみたいで。

そう思うと、なんだか悔しかった。
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