元カレは、今も私をミケと呼ぶ
《ドアが閉まります。ご注意ください》

(待って!)

無機質なアナウンスが響き、視界の端でオレンジ色の警告灯が点滅する。
湿り気を帯びた空気の中、ヒールの音が鳴り響く。

伸ばした指先が届くより早く、無情にもドアが閉まった。

(あー……)

窓越しに流れていく無表情な乗客たち。
立ち止まった私とは対照的に、加速していく電車。

荒い呼吸を整えながら、恨めしく見送る。

ため息をつきながら、ぐっしょりと濡れた傘を閉じる。
指先に伝わる濡れた生地の冷たさが、余計に惨めさを煽った。

(さっさと払えばよかった……)

取引先との食事で、どちらがご馳走するか。
長々ともたついたのを悔やむ。

「はぁ……」

もう一度、小さくため息をつく。
湿った風が頬にまとわりついて顔をしかめた。

これだから雨の日は嫌い。

改札へ向かう人の波を避けようと、傘を引きずりながら端へ寄ろうとした。

――その時。

「……ミケ?」

懐かしい呼び名に、肩が跳ねる。

話し声や無数の足音の中で、低い声が耳に届く。
胸が締め付けられるほど、覚えている声。

顔を上げて振り向くと――

「え、陽太(ようた)……?」

通り過ぎる人波がスローモーションのように遠のき、周囲の音が消える。

元カレが、いた。
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