この結婚は、間違いじゃない〜告白相手を間違えた令嬢は、溺愛されていることに気づかない〜

フレデリックside①

後頭部に手を当てると、ぬるりとした感触がした。この程度すぐに治る。

リディア……。

先程のリディアの姿を思い出したフレデリックは、急いで侍女を呼び、リディアを自室へと送り届けさせた。

心なしか刺すような視線を感じたが、致し方ない。皆、私の不甲斐なさに呆れているのだろう。

フレデリックは「これで良かったのだ」と何度も自分に言い聞かせていた。

部屋に鍵をかけると、鬱憤を晴らすように酒へと溺れる。

アーサー、生きていてくれて嬉しい。


リディアも……これで幸せになれる。


これで、いいんだ。

離縁を告げたリディアは、瞳を潤ませていた。
余程、アーサーの無事が嬉しかったのだろう。

くそっ! 

あのかわいい翡翠色の瞳に映るのは、私だけでいい。アーサーを映さないでくれ。
私以外を映すことなど、受け入れられない……。いっそのこと私だけのものに……。

邪な考えばかり襲ってくる。

こんなことではだめだ。自分を律せねばならない。

「リディア……」

だめだ……あの格好が目に焼きついて離れない。

フレデリックは酔ってリディアを襲いに行くことのないように、鍵を再度確認する。ソファーを移動して扉の前にバリケードを作る。

これくらい簡単に壊せるが、酔った自分が壊さないことを祈るしかない。

グラスにワインを注ぐと、一気にあおる。

「しまった……」


再度グラスにワインを注ごうとした所、手がおぼつかずグラスを倒してしまった。
テーブルの上に赤いワインが広がる。

フレデリックは、後で拭けばいいだろうと、ボトルから直飲みを始める。

まだ……足りない。

中々酔えないことに苛立ち、ワインからブランデーへと手を伸ばす。


リディア……、この2年間は辛かっだだろう。

ずっと君を見てきた。

フレデリックは、学園の頃を懐かしむように思いを馳せる。

いつも図書室で見かけていた。
何が気になるのか、自分でも分からなかった。
気がついたら、目で追うようになっていた。

話すきっかけが欲しくて、わざと君のお気に入りの席に座ったんだ。

初めて声をかけた時、君の微笑みにぐっと心を掴まれた。まるで、一斉に周囲に花が咲いたように、明るく輝いて見えた。陽の光を受けた君の穏やかなブラウンの髪も、柔らかそうで触れてみたいと思った。邪な気持ちを抱いたのは事実だが、私の話に耳を傾けてくれて、気にかけてくれるリディアの存在が、私の心の支えだった。君を守りたい、と思ったんだ。

それからは、ずっと隣の席に座るようにした。 他の輩に見せたくなくて。
リディアの隣に相応しいのは私だと、見せつけたかったんだ。


恥ずかしそうに笑うリディアを見ると、幸せだった。

浮かれていたんだ。

まさか、リディアがアーサーのことを好きだとは知らずに……。

あの笑顔は、私だけに向けてほしかった。

悔しかった。

あんなに側にいたのに。
リディアの気持ちに気付いてあげられなかったなんて……。

私は、愚か者だ。

リディア、アーサーはいい奴だ。

信用できる。 

卒業式のあの後、何度も私にリディアに告白するよう言ってきた。

私の気持ちを知っているから、気を遣ってだろうがな。

ほんとにいい奴なんだ。

だが、遠征があんなに長引くことになるとは。

アーサーの帰りを待つリディアを想うと、胸が張り裂けそうだった。

アーサーがいなくなって、5年経過した頃、私は、これはチャンスだと思った。


すまない、アーサー。

友人の妻を奪う私は非道だ。許してくれ……。

だが、どうしてもリディアのことが忘れられないんだ。
側にいたいんだ。大切にしたい。その役目は私でありたい。

せめて、決して触れることはしないと誓う。

この2年、その誓いを守ってきた。


優しいリディアは、契約結婚を引き受けてくれた。

事情を知っている両親からは、応援されている。
早く孫が見たいという両親を言いくるめて、早々に引退してもらい別宅へと引っ越してもらった。 

義両親と暮らすなど、リディアにとっては負担になる。なるべく顔を合わせないようにするには、こうするしかない。
当主となれば、後はどうにでもなる。

母が管理していた庭園も、リディアの好きな花へと総入れ替えした。

父のこだわりの応接室も、家具も一新した。
この邸は、リディアの為のものだ。


様変わりした邸を見た両親は、特に母が落ち着かないからと近寄らなくなった。庭園の花を撤去したことには、激怒されたが。構うものか。

これで、私が学園の頃からずっとリディアのことが好きだと、ばらされる心配はない。


邸の使用人達は、詮索せずリディアに対して好意的なのでほっとしている。私の気持ちに気づいている者もいるが、何も言わずに見守ってくれるのはありがたい。
さすが両親の人選は素晴らしい。

契約結婚であるにも関わらず、リディアは妻としての務めを果たそうとしてくれた。

理性が飛びそうになるのを必死に堪えた。

提案しておきながら、自分が破りそうになるなんて、どこまでも非道な自分が許せない。

妻……私の妻。

いい響きだ。かわいい。だが、それも、もう終わりにしなければいけない。

己の欲のために、君の気持ちを蔑ろにしてはいけない。

離縁という傷をつけてしまう私を許してくれリディア。

アーサー、お前が羨ましいよ。
お前と顔を合わせたくない。
リディアを誰よりも見てきたのは私だ。
許されるなら、このまま……。

フレデリックは、空になったボトルを確認すると、テーブルに突っ伏し、叶わぬ恋の夢の中へと落ちていった。






< 5 / 6 >

この作品をシェア

pagetop