この結婚は、間違いじゃない〜告白相手を間違えた令嬢は、溺愛されていることに気づかない〜

フレデリックside②

「旦那様? 旦那様? 失礼します」

呼び鈴の音が聞こえて、主の部屋に赴いた老齢の家令のジェームズは違和感を覚えた。ノックをしても返事がない。扉を開けようとするものの、鍵が閉まっている。

長年勤めてきて初めての経験だった。

「旦那様?ジェームズです。どうかなさいましたか?」

用事もないのに呼びつけるような主ではない。旦那様は、奥様に対しては不器用で何か物申したくなるが、それ以外の面では非の打ち所がない。真面目な方だ。

「もしや何かあったのでは……」

体調を崩されているのかもしれない。腰にぶら下げている鍵の束から、目的の鍵を取り出した。

「旦那様!何かが引っ掛かっている……」


扉の前にバリケードがあり、室内に入ることができない。

ジェームズは、鍵穴から室内の様子を窺う。


「なんと⁉︎ 旦那様⁉︎ どうされたのですか⁉︎すぐに、お助けします」

長年アシュモフ家に仕えているジェームズが、動揺するのは珍しい。
鍵穴から見えたのは、主が机に倒れ込んでいる姿だった。頭部からは出血しており、机には血溜まりができている。

とんでもないことが起きてしまった。

「旦那様!旦那様!」


「お父さん、何してるの?そんなに慌てて。いくらお父さんでも、覗きはよくないよ」

「おぉ、ジェーンか、これ、ここではその呼び方はやめるように言っているだろう。まぁ、いい、とにかくお前もここから中を見てみろ」


リディアを部屋に送り届けた家令の娘であるジェーンは、鍵穴を覗いて絶叫する。


「きゃーーーーー、だ、だ、だ、旦那さまが!お、お父さん、旦那様が!」



何やら騒がしい叫び声が聞こえて、フレデリックは目を覚ます。


「うぅ……頭が痛い……誰だ?」


「旦那様?おとうさん、今の聞いた?旦那様、私達の声が分からないんだわ。普段なら足音で私達を判別できるのに。あっ……もしかして、旦那様は、頭を打って記憶が……。大変だわ。私、奥様に知らせてくる!」


ジェーンは、リディアの部屋へと駆けて行った。

「ジェーン、待ちなさい!はぁ……やれやれ。あの娘の早とちりには困ったものだ。まぁ、奥様が来てくださると、旦那様も落ち着くだろう。失礼します、旦那様」


記憶喪失になったのかはともかく、怪我の具合を早急に確認しなければいけない。

頭をフル回転させて、ジェームズはバリケードの撤去に成功した。

「ジェームズか……どうした?」

「旦那様、私のことが分かるのですね。安心致しました。それよりも怪我の具合を……この匂いはワインですかな?」


「お前のことを忘れる訳がないだろう。まだボケる年ではない。あぁ、そうか、すまん、呼び鈴を落としてしまったようだ。せっかく来てくれて悪いが、もう下がってくれ。
いっそ、全てを忘れてしまいたい……」


フレデリックは、テーブルから上体を起こし、ふらふらになりながら布巾を取ってくる。

「旦那様にそのようなことはさせられません。旦那様……、
奥様のことでお悩みですか?
私共は、皆、お二人のお力になりたいと思っております。
本当に不思議なのです。お二人を見ていると、どうも……むずがゆくなります。
失礼を承知で申しあげますが、お二人には、密に過ごす時間が必要なのではありませんか?」

機敏な動作でテーブルを拭きながら、ジェームズは先程のジェーンの件も報告する。

「記憶喪失か。使えそうな気がする……頼むジェームズ。密に過ごす時間が必要だと、お前も言っていたではないか」


「はぁ……記憶喪失なんて、そんな都合よくなりませんよ。奥様にどう説明なさるのですか?私は協力はご遠慮願います。そんなば……おほん、失礼しました。とにかく、もう少し大人になられてください。坊ちゃま」


「今、ばかという言葉が聞こえたが?まぁ、聞き流そう。その代わり協力してくれ。頼む。
お前と私の仲ではないか。せめて、アーサーが帰ってくるまでの間でいい頼む」

「はぁ……。そこまで坊ちゃんがおっしゃるのなら、仕方ありませんね。しっかりと、奥様と向き合われてください、旦那様。丁度奥様が来られたようですね。では、私はこれで失礼いたします。
奥様、旦那様のことで少しだけご報告したいことが……」


リディアに消毒液などを手渡すと、ジェームズは退室した。




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