あの日の風の、その続き〜戦う公爵令嬢と、王女が選んだ未来
「遅いぞ、リゼ。」
城の大きな演習場には、すでに近衛騎士団の隊員たちが並んでいた。
その中で、黒髪の男--クロードが、遅れてやってきたリゼを見て眉を顰める。
「お客様が来てたのよ。でも団長の挨拶には間に合ったでしょう。」
リゼが面倒そうにそう返すと、クロードはさらに不機嫌そうに顔をしかめた。
「私語は慎め。団長の挨拶が始まるぞ。」
その声に、空気が一段引き締まる。
中央に立つ団長が、一歩前に出た。
「本日の演習は、2ヶ月後に控えた王女エリシア様の17歳の誕生日式典を想定した警護訓練だ。配置の最終確認も兼ねる。各自、気を抜くな。」
その言葉に隊員たちの表情が変わる。
リゼもまた、身を引き締めた。
--その時、空気が震えた。
周囲のざわつきが、一瞬で消える。
現れた男に、全員の敬礼が遅れなく揃う。
「みな、ご苦労様。」
その短い一言で、隊員たちの背がこれでもかというほどピシッと伸びた。
近衛騎士団を含む、王国の複数部隊を統括する存在。
宮廷護衛隊総長、--ゼン・クラウディア。
リゼの、兄。
ゼンは一度だけ視線を巡らせ、リゼで止めた。
「リゼ、少しいいか?」
その声に、周囲の視線がわずかに揺れた。
「……エリシア様が、至急会いたいそうだ。」
「リゼ!ドレスが決まらないの!」
部屋に入ると、泣きそうな顔で飛びついてきたのはエリシアだった。
ロザリア王国第三王女であり、リゼの幼馴染。
「ドレスなんてなんでもいいじゃない。動きやすいのが1番よ。」
「お前の価値観と一緒にするな。」
背後から冷たい声。
振り返るとクロードが立っていた。
「ちょ、あんたなんでついてきてるの?」
「俺は総長に呼ばれた。」
「兄様ならここにはいないわよ。執務室じゃない?レディが着替えるんだから男は出てって。」
リゼはそう言ってクロードの背中を部屋の外に押し出す。
「あら、別にいいわよ、クロードだもの。子供の頃から私たち、着替えなんて同じ部屋で何度もしてきたじゃない。」
エリシアの発言に、クロードはチラリとリゼを見る。
そして、その瞳を僅かに揺らすと、すぐに視線を逸らした。
「女の着替えを除く趣味はない。リゼ、早く戻れよ。」
そしてそれだけ言い残すと、バタンと扉が閉まった。
「なにあいつ。」
リゼの深底怪訝そうな顔を見て、クスクスと笑うエリシア。
「クロードったら。ああいうところ昔と変わらないわね。」
懐かしそうに笑うエリシアに、つられてリゼの頬も緩む。
ふ、と、思い浮かぶ光景。
城の庭を駆け回る子供たち。
身分も立場も何もわからない頃、
ただ無邪気に笑って、一緒の時間を過ごした、あの頃。
あの頃は、
ずっとこのまま続くものだと思っていた。
――誰も、何も失わずにいられると。
けれど。
(そんなわけ、ないのに)
リゼは、静かに目を伏せた。