あの日の風の、その続き〜戦う公爵令嬢と、王女が選んだ未来


ーーー

廊下は、静まり返っていた。

高い天井に、足音が小さく響く。

窓から差し込む光が、磨き上げられた床に淡く揺れていた。

レオンと話して、決意は決めた。

――それでも。

その前に、もう一度だけ。
ただのエリシアとして、ゼンと話をしたかった。

執務室の前で、足を止める。

ノックをしようと手を伸ばしかけて――止まった。

扉の向こうに、人の気配。

そして。

――声が、聞こえた。


「……我ら近衛騎士団としては、総長を……ゼン・クラウディア様を、このまま宮廷護衛隊総長としてお留めくださることを望みます」

誰かの声。

続いて、別の声。

重なるように、次々と。

ゼンを引き止める言葉が、扉の向こうから溢れてくる。

(……え?)

何の話?

そう思ったのに。

耳は、離れなかった。

「総長がいなくなれば、この国の守りは確実に揺らぎます」

(……え)

息を潜める。

――足が、動かない。

ゼンが、いなくなる?

胸が、大きく揺れた。

不安と。

それから――

ほんのわずかな、期待。


舞踏会で、一瞬目が合った気がした。

気のせいだと思っていたけれど。

もしかして――


「ゼン」

低く、穏やかな声。

国王だ。

「私としても、このまま、総長としてこの国を支えてほしい」

静寂が、落ちる。

どくん、と。

胸が大きく鳴った。

(……ゼン)

呼びたい。

でも、呼べない。

沈黙。

ほんの数秒のはずなのに、永遠みたいに長く感じた。

その間に、いくつもの願いが胸をよぎる。

――どうか。

目を閉じる。

祈るみたいに。

そして――


「……承知しました」

ゼンの声が、聞こえた。

ようやく絞り出したような声。

いつもと同じようでいて、ほんのわずかに掠れていた。

(ああ)

その一言で、すべてが終わった。

胸の奥で、何かが音もなく崩れる。

「ありがとう、ゼン」

安堵した国王の声。

騎士たちの気配。

けれど、そのどれもが遠い。

世界が、急に色を失ったみたいだった。

(そっか)

わかっていた。

彼の立場も、責任も。

誰よりも、知っていたはずなのに。

――それでも。

どこかで、期待していた。


(……私、何を期待してたんだろう)

小さく息を吐く。

音を立てないように。

静かに、踵を返す。

扉に、背を向ける。

(忘れよう)

ふと、そんな言葉が浮かぶ。

(ちゃんと、忘れよう)

王女として。

この国のために。

選ぶべき道を、選ぶために。

胸の奥でまだ疼く痛みに、そっと蓋をする。

「……」

振り返らない。

振り返ったら、戻れなくなるから。

そのまま、静かに歩き出した。

ーーー



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