スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~

8.5 【??視点】解雇の知らせ

 10日ぶりにまとまった時間がとれたので、今日はこの貰い物の魔法道具を解体して、回路と機構を解析しようと思う。

 アンガーミュラー領の領主一族は多忙だ。
 今日のように丸一日休めるチャンスなんて滅多に無い。

 特に4年前、うちの文官たちを束ねていた姉が3年の約束で王宮に出仕してから、その業務量は激増した。
 3年のはずが5年になったと父から知らされた時には、ろくに顔も知らない第2王子殿下に少々本気で殺意を覚えたくらいだ。

 姉。クリスティン・アンガーミュラー。

 幼少期から文官仕事への異常な適性を示し、10歳そこそこで領内の文官仕事をほぼ把握、13歳で仕事改革を開始し、15歳の頃には文官たちの実質トップに立っていた才媛。
 というか、怪物。

 正直、弟の自分から見ても姉は異常だと思う。
 あれは筋金入りの仕事の鬼だ。一見穏やかそうな言動をするから騙される者は多いが、仕事ができず努力もしない人間は容赦無く切り捨てる。
 うちの文官たちからは、尊敬や畏怖を通り越して、崇め奉られている感がある。

 その言動にはもちろん、理由がある。

 姉を含め、うちの──アンガーミュラーの一族は、()()()()()()のだ。

「さて…」

 気を取り直して、目の前の魔法道具へ向き直る。

 机の上に鎮座する手のひらサイズの黒っぽい箱。
 姉が王都の古道具屋で見付け、こちらへ送ってくれた『用途不明』の魔法道具だ。

 王宮の仕事は激務だと聞いているが、こんな物を送り付けて来るあたり、姉も姉で王都暮らしを満喫しているのだと思う。

「見た感じ、単純な造りだよな…」

 上に蓋が被せてある形の、ごくごく普通の黒い箱。
 ただし、普通に引っ張っても蓋が取れない事は確認済みだ。だから今日は、工具を使って開封に挑戦してみようと思ったのだが──

「──…!?」
「……! …」

 にわかに廊下が騒がしくなり、忙しないリズムで扉がノックされる。

「何かあったのか?」

 仕方なく席を立ち、扉を開けると、やや青ざめた顔の執事が立っていた。

「お休みのところ申し訳ありません、マーカス様」
「構わないよ。どうしたんだ?」

 先を促すと、執事は一度小さく息を呑んで、告げた。


「──姉君が、クリスティン様が、王宮を解雇されたそうです」


「…」

 ひゅっと喉の奥で息が詰まった。
 一瞬後、俺は咄嗟に窓の外を見る。


「……血の雨が降っていないだろうな……?」





 リビングに向かうと、既に家族は集まっていた。

 父にして現当主、ハロルド・アンガーミュラーと、母、ジャスティーン・アンガーミュラー。そして数人の側近たち。

 ほぼ全員、とても深刻な顔をしている。

 それほど、姉の解雇の知らせは衝撃的だったのだ。

「マーカス、クリスティンの話は聞いたな?」

 俺がソファに座るなり、父が話を切り出した。

「はい」
「…私も、まだ詳細な情報は掴んでいないが…」

 父の溜息は深かった。

 ──つい先程、姉の相棒であるケットシーのシルクから連絡があったという。

 ケットシー特有の魔法、『ホット・ライン』を使った知らせ。
 曰く、『昨日、クリスが無能な上司に『明日から来なくて良い』と言われ、不当に解雇された。本日朝には寮を退去。部屋の荷物は運送業者に預けた。既に王都を発ち、そちらへ向かっている。受け入れ準備を頼む』。

「……何がどうしてそうなった……」

 辛うじて口に出来たのは、そんなしょうもない突っ込みだった。

 だって意味が分からない。
 『明日から来なくて良い』って何だ。そんな気軽にホイホイ解雇できるものなのか。

「………分からん。分からんが、クリスティンがその『無能な上司』とやらを見限ったのは確実だろう」

 大人しく『不当な解雇』を受け入れ、既に王都を出ているのがその証拠だ。

「…でしょうね。1発ぶん殴ってても驚かないですよ」
「いえ、恐らく殴りはしないでしょう」

 母が静かに首を振った。

「あの子は余計な面倒事を何より嫌うでしょう? 無能、と直接関係の無いシルクにまで言われるほどの上司ですから、瞬間的に殴りたいと思っても、その後、()()()()()()()()()()と判断するでしょうね」

「…母上、さり気なく辛辣ですね」
「我が子をぞんざいに扱われて、笑って許す親は居ませんよ」

 口調は丁寧だが、その目には隠しようの無い怒りが揺れている。

 母は武の名門貴族の出身だ。
 温和そうな見た目と抑制された言動で勘違いされがちだが、驚くほど苛烈な一面も併せ持つ。

 曰く、そうでなければアンガーミュラー当主夫人など務まらない、とのことだ。

「全くだ。どうやら、無能上司殿はよほどめでたい頭をお持ちらしいな」

 母に負けず劣らず親バカな父が深く頷いた。
 姉の元上司は見事『敵』認定されたようだ。

 …正直、自分もその元上司とやらの足元に、魔改造した魔法道具の狩猟罠(トラップ)をこれでもかと仕掛けてやりたい気分だが。

《えっと…一応、それなりの報復はしてらっしゃるみたいですよ》

 恐る恐るといった感じで、念話が響いた。

 クッションにきちんと座る、長毛のケットシー。
 シルクの愛娘、シフォン。少し淡く美しい3色の毛色は、母であるシルク譲り。
 現在我が家で唯一、シルクとホット・ラインで会話が出来るケットシーであり、俺の相棒だ。

 今日は俺の休日なので、シフォンも屋敷で自由に過ごすはずだった。
 シルクからのホット・ラインで完全にそれどころではなくなってしまっただろう。少し申し訳なく感じる。

「それなりの報復?」
《王宮のケットシーの方々が、昨夜、飲み屋街に出た元上司さんの頭上に汚物を撒き散らしてきたそうです》

「ぐふっ…」

 紅茶が見事に気管に入った。
 むせるこちらを心配そうに見遣るシフォンに、気にせず続けるよう身振りで伝える。

 やるな、王宮のケットシー。

《それから翌朝、寮を退去する時に、汚物を撒かれた事について苦情を言いに来た元上司さんがお母さまを侮辱したそうで、『ちょっと魔法で脅かしておいた』と…》
「…何でわざわざ苦情を」
「さすがに汚物は屈辱だったんでしょうね…言う相手を間違っていますが」

 ぼそり、付け足されたコメントが辛辣だ。

《その後、さらに騒ぐ元上司さんの耳元でクリス様が思い切り両手を打ち鳴らして、適当に誤魔化して追い返したそうです》
「あ、殴ってはいないのか」

 思わず素で呟いた。

 やはり母の見立て通り、姉は元上司を『殴る価値も無い』と判定しているのかも知れない。

 …耳元で両手を打ち鳴らすって、鍛錬の時よくやられたアレだろうか。
 素人が初見でアレを受けたら、相当なショックがあると思うが。

「それだけやっているなら、こちらから手を下す必要は無い…か?」
「そうですね…。──そういえば、その元上司の上司、ユリウス殿下からは何かお知らせは無いのですか?」

 家として抗議するかどうかはユリウス殿下の対応次第と言わんばかりの母の言葉に、俺は思わず口を挟む。

「母上、昨日の今日です。殿下にも寝耳に水の話だったでしょうし、手紙を書いてこちらに届けるにしても時間が掛かると思います」

 王家の最速の連絡手段は伝令カラスの速達便だ。
 それを使ったとしても、王都-アンガーミュラー間の手紙の配達には丸1日掛かる。

 シルクとシフォンのホット・ラインでほぼリアルタイムに情報が入って来る自分たちを基準にしてはいけない。

「ああ…そうでしたね」

 母が少しだけ矛を収めた。





 ──ちなみに。

 ユリウス殿下からの謝罪の手紙が届いたのは、それから9日後。

 姉の帰還前日に届いたその手紙に、両親は静かに殺気をたぎらせていたのだが──

 俺は、見なかった事にした。



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