スーパー派遣令嬢は王宮を見限ったようです ~無能上司に『お前はもう不要だ』と言われたので、私は故郷に帰ります~

8 出立

 王宮のケットシーたちと別れの挨拶を交わし、私とシルクは王都の街中にある冒険者ギルドの支部へやって来た。

 冒険者ギルドは、その名の通り冒険者のための組織だ。

 職業としての冒険者の登録、管理、各種依頼──仕事の斡旋、素材の買取りや医療設備の提供など、冒険者が冒険者として活動するためのあらゆる要素を備えた場所。
 各国の主要都市に支部を置き、その規模や影響力は時として一国を凌ぐほどだ。

 そんな場所にやって来たのは、もちろん仕事を頼んでいるからだ。

「お待たせして申し訳ありません、ラフェット、レオン」

 ギルドの受付横、待合エリアのテーブルに目的の2つの人影を見付け、私は真っ直ぐそちらに近付く。
 2人はすぐに立ち上がり、向かって右、黒髪に翡翠色の瞳の女性が朗らかに片手を挙げた。

「こっちも丁度来たところよ。お久しぶり、クリス」
「元気そうで何よりだ」

 女性の隣に居るのは、焦げ茶色の髪と紫色の瞳の男性。

 女性は、ラフェット。男性がレオン。
 ペアで活動する凄腕の冒険者で、この辺りではちょっとした有名人だ。以前私の故郷にも来た事があり、個人的に親しくさせてもらっている。

 昨日、ボスから私の解雇を知らされた後、シルクは運送業者の他にこの冒険者ギルドに走り、ラフェットとレオンを捕まえて仕事を依頼していたのである。

「ええ、そちらも」

 笑顔で握手を交わすと、テーブルを囲んで私は早速その『仕事』の話に入る。

「シルクから聞いていると思いますが、お願いしたいのはアンガーミュラー領までの護衛です。移動手段は徒歩、10日程度掛かることを想定しています」
「馬車ではないのか」
「ええ。そもそも王都からアンガーミュラー領までの乗合馬車はありませんし、馬車を借りるのも馬を買うのも難しいですから」

 今は冬。王都周辺は温暖で、真冬でも時々雪が舞う程度だが、山岳地帯に近い西方の故郷は完全に雪に埋まっている。
 王都で飼育されている馬は寒さに弱いので、馬車や馬を入手したとしても、途中で動けなくなるのは目に見えている。

「ああ、そういえばそうだったわね」
「すみません、面倒をお掛けしますが…」
「気にするな。俺たちもそろそろアンガーミュラー領へ向かおうと思っていたところだ」

 レオンが軽く手を振った。

「お二人も?」

 意外な言葉に軽く目を見開くと、ラフェットが頷く。

「ほら、前に私たちも参加した『アレ』。そろそろなんじゃないかって」
「ああ…アレ、ですか」

 ラフェットは具体的に口にするのを避けたが、言いたい事は分かった。

 『アレ』とは、アンガーミュラー領で定期的に起こる、ある種の自然現象だ。
 他領では起こり得ない現象で、世間にはほとんど知られていない。

 確かに、『アレ』が起こるなら彼らの存在は非常に有難いが──王都に居ながらその発生予測は出来ないはずだ。

「実は、クリスの父君からギルド経由で知らせが来てな」

 レオンがあっさりと種明かしした。見せてもらったメモは確かに父の筆跡で、『もし余裕があれば、近々うちの領に来て欲しい』とだけ書いてある。

 他の者に知られたくないのは分かるが、せめて用件の欠片くらいそれとなく書け、父よ。

「…状況は理解しました」

 額に軽く手を当てて溜息をつき、私は本題へ戻る。

「『あちら』に関しても、お二人に来ていただけるなら大変助かります。それを加味して、報酬は──」

 金額を提示すると、ラフェットたちはあっさりと頷いた。

「ええ、それで良いわ」
「妥当だな」
「…もう少し欲張っても良いのですよ?」

 一応、こちらが想定する最高金額よりかなり低い額を提示しているのだが。
 思わず呟くと、ラフェットが噴き出した。

「あのね、値段の吊り上げは、普通冒険者の方が言い出すのよ?」
「…言われてみれば、そうですね」

 とても楽しそうに笑われてしまった。

「心配しなくとも、10日間の護衛の代金としては妥当だ。むしろ少し多いくらいだろう」

 レオンが助け舟を出してくれる。
 冒険者に護衛を依頼する機会はあまり無かったので相場が分からないが、ベテランの彼らが『少し多い』と言うのならそうなのだろう。

 それでも、王都でトップクラスの冒険者2人を雇うにはいささか安すぎる気がする。

「まあでも、そうね。前金で半額、成功報酬で半額。で、道中の食費と宿泊費は依頼人持ち、でどうかしら?」

 こちらが納得できていないのを見透かしてか、ラフェットが条件を追加した。
 確かに必要経費をこちらで持てば、私の想定する『妥当な金額』に近付く。

「分かりました。では、その条件でよろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
「よろしく頼む」


 手続きを終えると、私たちはすぐに王都を出た。

 西の大門を抜けると、そこは見渡す限りの平原だ。
 少し遠くを流れているのは、王都の水源となっている大河。その遥か先の山岳地帯にあるのが、私とシルクの故郷、『王国の辺境』『西の果ての魔窟』ことアンガーミュラー領である。

 普通なら馬車で1週間程度、徒歩では20日ほど掛かるのだが、今回指定した期間は徒歩で10日。
 これはどういうことかと言うと──

「それじゃ、準備は良い?」

 ラフェットが口の端を上げると、その身を強い魔力が巡る。
 レオンの足元にも独特の魔法陣が展開した。

 シルクが私の背負うバックパックに飛び乗り、魔法を唱える。

身体強化(パワー・ブースト)!》

 私の足元にレオンの物と良く似た魔法陣が浮かび上がり、すぐに消える。

 後は慣れた感覚だ。
 全身をシルクの魔力が包み込み、ふわりと身体が軽くなる。久しぶりのその感覚に、私は思わず口元を綻ばせた。

「準備完了です。先導はお願いしますね」
「了解。じゃ、飛ばして行くわよ!」

 ラフェットとレオンが同時に地を蹴る。
 一歩遅れて、私も走り出した。

 足取り軽く走り出すつもりで踏み出すと、ドン、と地面を蹴り付ける音。
 身体強化を掛けてすぐの時独特の、自分の感覚と実際の筋力とのズレ。

 それを意識しながら、ラフェットたちに遅れないよう、さらにスピードを上げる。

 平原の下草や灌木が、ものすごい勢いで後ろへ流れて行く。
 少し遠くを歩いていた冒険者一行が、こちらを向いてあんぐりと口を開けているのが見えた。
 シルクの身体強化魔法は筋力だけではなく、視力や聴力などの五感も強化してくれるのだ。

「このくらいで問題無いー?」

 先頭を行くラフェットの声が、少し間延びして聞こえる。

「ええ、丁度良いかと」

 少し大きめの声で応えると、レオンがちらりとこちらを振り返り、口の端を上げた。

「なら、とりあえず次の町まではこの速さで行くか」
「お願いします」
「りょうかーい」


 その後も昼休憩を挟みつつ、身体強化付きで走り続け、夕方には小さな町に着いた。

 普通なら、日の出前に出発して翌日午前に着くかどうかという距離だ。
 全員が身体強化魔法を使えると、こういうちょっとした無茶もできる。

 厳密には、私は自分で身体強化は使えないので、全面的にシルクのお陰である。

「それにしても…」

 適当な宿を取り、屋台で買って来た夕食を部屋でつまみつつ、ラフェットが軽く首を傾げる。

「シルクが依頼持って来た時も思ったんだけど、ずいぶん急ぐのね。王都でちゃんと移動の準備済ませてからでも良かったんじゃない?」
「ああ、それは貴族特有の事情というやつですね」

 鶏肉の串焼きを味わいながら、私はすぐに答えを返した。

「特に王都に居る場合ですが、貴族の子女には『一人で出歩いていたら何をされても文句は言えない』という、とても非効率的で非文明的な不文律があるのですよ」

 香草をたっぷりまぶして炭火で焼いた鶏肉は、もうそれだけでご馳走だ。
 私としてはもう少し塩気を控え目にして、レモンを絞りたい。

「何をされても文句は言えない?」
「誘拐、暴行、スリ被害…犯罪行為の被害者になったとしても、それはお前が侍女も従僕も護衛も連れずに迂闊に出歩いたせいだから諦めろ、ということです」

「え、何その理不尽」

 ラフェットが目を見開いた。
 そう、この言葉、素直に受け取ったら理不尽極まりない。

「実際、若い貴族女性が単独行動をしていて犯罪に巻き込まれる事例は、過去にそれなりに起きているのですよ。ただでさえ貴族は恨みを買いやすい立場ですから。『だから、きちんと自衛しろ』という…言い回しは分かりにくいですが、わりとありがたい忠告です」
「お前はその忠告を忠実に守っている、ということか」

 レオンが言うと、ラフェットがピッと食べ終えた串焼きの串を立てた。

「でもどっちかって言うと、被害者になる前にきっぱりさっぱり返り討ちにしそうよね、クリスの場合」
《同感だわ》

 ササミスープからわざわざ顔を上げて、シルクが同意する。

 良く分かっていらっしゃる。

 私はにっこりと微笑んだ。

「ええ。恐らく()()()()()()()()()()()()ので、下手に何かに巻き込まれる前に王都を出たかったのですよ」




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