煉瓦坂の少し奇妙なX'mas
 不思議なことに俺は正気を保っていた。昨日よりお客さんが少ないからかもしれない。
「公理さんが固まってたせいですよ」
「え?」
「喋ってるのに表情が全然動かないからなんかもう悲壮感がすごくて」
「え、まじ?」
「それでお客さんは忖度してくれた気がします。でも出来上がりにはみなさん満足されていましたよ」
 全然自覚がない……。慌てて頬を揉んでみる。固い……? 固いといえば固いが、よくわからない。
「あれ? 仕事は?」
「全部終わりました。お疲れ様です。締めお願いします」
「締め?」
 なんのことだ見回せば、いつの間にか店内の片づけが始まっている。やべ、記憶飛んでる。そうして目を上げてギョッとした。ツリー周りに常連さんが10人ほど。
「店の外にもたくさんいます。片付けで一度出てもらいました。ケータリング覚めちゃうので、早めに」
 まじかよ。けど俺も早くクリスマスパーティがやりたい。何故だかせっかく正気だし。だからやらないといけない。ふらつく頭に気合を入れる。外のお客さんも入ってもらって度し難い視線を一身に受けながら不安で破裂しそうだけれど宣言する。
「今年も当店をご利用頂きありがとうございました。お礼にウェルカムドリンクと割引券を用意いたしました。みなさまが持ち寄られた品をお預かりしておりますので、ご自由に交換なさってください」
 狐に摘ままれたようなお客様方に吾郷君がグラスに入ったシャンメリーを一杯ずつ押し付ける。なんとか、これでなんとかならないか、っていう一縷の望みにかけて。
「乾杯!」
 朗らかに杯を上げてみたけれど、空気は結局白いままだった。
「クリスマスパーティじゃないの?」
「智ちゃんとプレゼント交換できるんじゃないの?」
 ざわざわとした空気が広がり背中に一筋、冷や汗が垂れた。やばい、やばい、どうしよう。なんだか頭が真っ白だ。駄目だ。頭の中で自分の書いた言葉がリフレインする。
『これにプレゼント入れて25日にみんなに配る予定なんです。楽しみ~』
『ここにプレゼントを入れた方は、クリスマス当日に代わりに1つ持っていくか、1000円の割引券を差し上げます。中身の保証は致しませんし、危険なものを入れた場合は通報します』
 これを意味する靴下袋はバックヤードに入れてるし、ツリー下には別の袋を置いてある。1000円の割引。俺は間違ったことは言っていない。お客さんが勘違いしただけで。でも接客業ってそれじゃ全然通じない。どうしよう、目が回る。
「皆様、公理はここ2日間の激務でこのように正気を失っております。申し訳ありませんが、休ませますので本日はご了承ください」
 え、吾郷君?
 気が付けばざわめきの質が変わって、気の毒そうな目線が俺に突き刺さる。
「そうよね、クリスマスだし」
「さっきセットしてもらったけれど意識がなさそうだったわ」
 そんな声をぼんやり聞きつつ何かが手早く処理されて、気が付けば客は引けて全身から力が抜けた。思わず床にへたり込み、残念そうに俺を見つめる吾郷君を見上げれば、サンタの帽子を被っていた。
「吾郷君、まじありがとう。マジサンタさんみたい」
「公理さん言ってたじゃないですか。駄目になってたら代わりに配っといてって。残り片づけますから」
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