鏡花水月
第一章、再会
そんな戦場から数年後。
桜がすっかり散り、瑞々しい青葉が芽吹く頃。世間は祝日の連休ということもあって、私は久しぶりにこの懐かしい土地へと帰ってきた。
ただ、私はしがない孤児という身の上だ。ここで生まれたわけでもなければ、出迎えてくれる両親の墓があるわけでもない。
ここにあるのは、あの泥の戦場を共に駆け抜け、先に逝った戦友達の墓標だけだ。
感傷に浸りつつ、記憶を頼りに観光がてら周囲を歩き回ってみたが、町並みも、山道も、前回来た時とちっとも変わっていなかった。
「久々の帰還ってかん……」
言葉を最後まで続けることなく、私は近くの草むらに飛び込んだ。
―――誰かいる。
一瞬だけだったけど、ガタイから男性と判断できた。しかし、こちらに背を向けていたので顔は見えない。
せっかくの久々の墓参りだ。誰かに邪魔されるのも、感傷に浸っている姿を見られるのも無性に嫌だった。
移動しようとした時、草履が草を踏む音が聞こえた。今時草履の人いるんだ……という感想はおいといて、私は呼吸すら抑えて身を固くする。
男の足が止まった。
「俺はてっきり、待ち伏せてるかと思ったんだがなぁ。足跡と気配でいるのは分かってんだ。顔ぐらいなら見てやるよ」
渋々草むらから顔を上げると、男―――平八は口角を愉快そうに上げていた。
かつての戦場で見せていた野性味のある鋭さはそのままに、どこか歳月を経て大人の余裕のようなものが混じっている。
「誰かと思えば……何で紫乃がここにいやがる」
「毎年一回は墓参りとして顔出してんの」
「へぇ?」
平八はわざとらしく眉を跳ね上げると、私の足元から頭のてっぺんまでをからかうような視線で往復させた。
「墓参りねぇ。随分と熱心なこった。それにしては、気配の消し方が現役の時より随分と鈍ってんじゃないか? 完全に素人のそれだったぞ」
「うるさいなー、昔はお化け怖くて『一人でトイレ行けない〜』って泣きついてくせに」
「それは関係ねぇだろ」
図星を突かれた平八が、分かりやすく顔をしかめる。
「戦争の時、別れて以来だが、上手く戻れたみたいだな」
「うん。ちゃんと学校にも通えているしね」
「左腕は痛むか?」
「ううん、傷は残ってるけど痛くないよ」
「ならいい」
しかし、まさか幼馴染の兄のように慕っていた一人に会うとは思わなかった。
「平八は今、何やってんの?」
「ああ……テロリスト」
「へー、テロリ……テロリスト!?」
「おー」
あまりにも軽すぎるノリで返された単語の重さに、私の思考は完全に停止した。
聞き間違いであってくれという祈りを込めて耳をほじり直すが、平八の表情はいつもの冗談を言う時のそれではなく、どこか座った目をしている。
マジで近くに人がいなくてよかった。聞かれていたら冗談どころの話じゃない。
桜がすっかり散り、瑞々しい青葉が芽吹く頃。世間は祝日の連休ということもあって、私は久しぶりにこの懐かしい土地へと帰ってきた。
ただ、私はしがない孤児という身の上だ。ここで生まれたわけでもなければ、出迎えてくれる両親の墓があるわけでもない。
ここにあるのは、あの泥の戦場を共に駆け抜け、先に逝った戦友達の墓標だけだ。
感傷に浸りつつ、記憶を頼りに観光がてら周囲を歩き回ってみたが、町並みも、山道も、前回来た時とちっとも変わっていなかった。
「久々の帰還ってかん……」
言葉を最後まで続けることなく、私は近くの草むらに飛び込んだ。
―――誰かいる。
一瞬だけだったけど、ガタイから男性と判断できた。しかし、こちらに背を向けていたので顔は見えない。
せっかくの久々の墓参りだ。誰かに邪魔されるのも、感傷に浸っている姿を見られるのも無性に嫌だった。
移動しようとした時、草履が草を踏む音が聞こえた。今時草履の人いるんだ……という感想はおいといて、私は呼吸すら抑えて身を固くする。
男の足が止まった。
「俺はてっきり、待ち伏せてるかと思ったんだがなぁ。足跡と気配でいるのは分かってんだ。顔ぐらいなら見てやるよ」
渋々草むらから顔を上げると、男―――平八は口角を愉快そうに上げていた。
かつての戦場で見せていた野性味のある鋭さはそのままに、どこか歳月を経て大人の余裕のようなものが混じっている。
「誰かと思えば……何で紫乃がここにいやがる」
「毎年一回は墓参りとして顔出してんの」
「へぇ?」
平八はわざとらしく眉を跳ね上げると、私の足元から頭のてっぺんまでをからかうような視線で往復させた。
「墓参りねぇ。随分と熱心なこった。それにしては、気配の消し方が現役の時より随分と鈍ってんじゃないか? 完全に素人のそれだったぞ」
「うるさいなー、昔はお化け怖くて『一人でトイレ行けない〜』って泣きついてくせに」
「それは関係ねぇだろ」
図星を突かれた平八が、分かりやすく顔をしかめる。
「戦争の時、別れて以来だが、上手く戻れたみたいだな」
「うん。ちゃんと学校にも通えているしね」
「左腕は痛むか?」
「ううん、傷は残ってるけど痛くないよ」
「ならいい」
しかし、まさか幼馴染の兄のように慕っていた一人に会うとは思わなかった。
「平八は今、何やってんの?」
「ああ……テロリスト」
「へー、テロリ……テロリスト!?」
「おー」
あまりにも軽すぎるノリで返された単語の重さに、私の思考は完全に停止した。
聞き間違いであってくれという祈りを込めて耳をほじり直すが、平八の表情はいつもの冗談を言う時のそれではなく、どこか座った目をしている。
マジで近くに人がいなくてよかった。聞かれていたら冗談どころの話じゃない。


