鏡花水月
​この倉庫で本格的に暮らすにあたって、私達はまず生活に必要な家具を揃えることにした。
​テレビだけは「やっぱり最新のが良い!」という桃李の強いこだわりにより、近くの大きな家電量販店で買い求めることに。
一方で、ソファなどの大型家具は、予算を抑えるので市街の隅にある巨大なリサイクルショップにて購入した。使い込まれた味のある革のソファは、私と桃李の格好のゴロゴロスポットになっている。
そして、元々倉庫に山積みになっていた大量の頑丈な木箱。
これは捨てるのももったいないということで、重治の緻密な設計図のもと、みんなで解体してテーブルやベッドを手作りすることになった。
「さすがアナログ頭脳派の重治」
「そうだろう、そうだろう」
「次は本棚も作ろー」
そうして少しずつ、少しずつ、私達はこの生活に慣れていった。
今のところ平八は変なことしていないし、特に気にすることはないよね……?
✳✳✳
戦後すぐ、小さな事業から軌道に乗って今や大企業にまで成長したという噂の会社。そのルーツは都市部の豆腐屋らしい。
「豆腐かー……今日のご飯なにー?」
「そうめん」
「え」
「そうめん」
ソファに寝転がりながらテレビを見ていると、ちょうどその豆腐屋の社長へのインタビュー映像が映し出されていた。なにげなく買い物帰りの重治に尋ねてみると、袋を抱えた彼は真顔で『そうめん』とだけ返してきた。
「……え、そうめん?薬味は?天ぷらは!?」
​あまりの素っ気ない返答に、一緒にゴロゴロしていた桃李がソファからガバッと飛び起きて重治に詰め寄った。
​「そうめんだ。文句があるなら自分で作るか?」
​買い出しの袋をキッチンに置きながら、重治は一切の動揺も見せずに淡々と言い放つ。
​「いや、作る気はないけど……でも、夏だからってそうめん頻度高すぎない!?昨日も一昨日もツルツル言わせてた記憶があるんだけど!」
「昨日は冷やし中華だ」
「似たようなもんじゃーん!」
二人がギャーギャー騒いでいると、二階から平八が下りてきた。
この倉庫は二階建てになっていて、一階は作業場兼リビングスペース、二階がそれぞれの自室になっている。
​階段の途中で足を止めた平八は、手すりに肘をつき、下で揉めている重治と桃李を心底あきれたように見下ろした。
​「騒がしいと思ったら……お前ら、晩飯の献立ごときで何争ってんだよ」
​「あ、平八!今日の晩飯、またそうめんだって!」
桃李がすかさず味方を増やすべく同意を求めるように叫ぶと、平八は心底どうでもよさそうに鼻でふんと笑い、最後の段を降りてリビングへと歩いてきた。
​「茹でるだけで食えるなら上等だろ」
​「ほら見ろ。文句を言っているのはお前だけだ、桃李。それに今日はそうめんだけじゃないぞ」
重治が買い出しの袋からドカンと取り出したのは、ボウルに入った大きな木綿豆腐だった。
「豆腐の味噌汁だ!」
「おー、味噌汁ー!」
私がソファから起き上がって歓声をあげると、重治は我が意を得たりとばかりに頷きながら話し始めた。
「そうだろう、今日は豆腐が安くてな。何でも今日は店の事業開始日記念らしくて半額だったのだ」
​「へぇ~!半額!重治、ナイス買い物!」
​さっきまで天ぷらがどーとか騒いでいた桃李が、手のひらを返したようにテンションを上げて重治の肩を叩く。
「……私、夏休みの宿題やってくる」
​私がそう宣言してソファから立ち上がる。昨日、ようやく平八に頼み込んで地球に戻れた時に担任の先生に渡されたのだ。もう、学校は夏休みに入っていたらしい。
(ミカちゃん達と海に行く計画立ててたのにな……)
どうしようもできない悔しさと切なさがじんわりとこみ上げてきて、私は重い足取りで二階への階段を上る。
「…………」
✳✳✳
机の上に、担任の先生から手渡された夏休みの宿題一式を広げる。
分厚いドリル、プリントの束、そして読書感想文の用紙。
思わず机に突っ伏した。
本当なら今頃、地球でミカちゃん達と「今年の夏はどこの海行く!?」「新しい水着買わなきゃ!」なんて、ファミレスでドリンクバーを飲みながら大盛り上がりしていたはずだったのに。
(……上官に連絡……はさすがに無理か)
連絡手段がないわけじゃないけれど、今ここで下手に動いて平八との危うい均衡を崩すわけにはいかない。
第一、ここで下手に動いて何か起こせば、せっかく掴みかけた『魔都での行方不明事件』の手がかりまで全部立ち消えになってしまう……。
​想像しただけで背筋が寒くなり、私は深く、深いため息をついて頭を抱え直した。
むくりと起き上がり、ドリルにペン先を向けたその時、足元からコンコンと床を叩く音が響いた。一階から長い棒か何かで天井をつつついているらしい。
​「おい紫乃ー!そうめんできたぞー!伸びる前に下りてこい!」
​階段の下から、桃李の声が聞こえてくる。
「今行くー!」
​私は大声で返事をしながら、シャーペンを筆箱になおした。
✳✳✳
「じゃあ、全員揃ったところで」
手作りの大きな木製テーブルの真ん中で、重治がパンッと威勢よく手を合わせる。
私達もその音につられるように、慌てて手を合わせた。
「「「「いただきます!」」」」
​合掌が終わるやいなや、桃李がテーブルの中央にドスンと鎮座している大きな鍋を疑わしげに覗き込んだ。
「これ、何?」
「カレーだ」
「カレー?そうめんって言ってなかった?」
「少し変えて『そうめんカレー』だ。たんと食え。冷奴(ひややっこ)もあるぞ」
「そうめんカレー」
桃李が呟く。みんなの視線が鍋に移る。
「そうめんだと栄養とか偏るだろ?カレーなら夏野菜を入れたら栄養満点だ!……それに気づいた時にはもう茹でていたんだ」
自信満々の重治の解説に、みんなゴクリと喉を鳴らす。
「真夏にカレー……」
桃李が出しかけていたお皿を引っ込める。
「ほら、往生際よく皿を出せ」
重治は至って真面目そう。
桃李の目からスゥ……ッと光が消えていく。
大盛りそうめんに、たっぷりとカレーがかけられる。
「夏のそうめんは冬の餅と同じだ。食べる時期を逃すと永遠と棚を占拠するからな」
「あ、うん。……あれ、意外に美味い」
「うん、美味しい!」
恐る恐る口に運ぶと、覚悟していた味よりとても美味しかった。
「ほら見ろ!だから言っただろう!」
​私の「美味しい!」という言葉と桃李の想定外の反応を聞くやいなや、重治はここぞとばかりに胸を張る。
ちなみに平八は、二人の不毛なやり取りには一切加わらず、最初から黙々とカレーそうめんを口に運んでいた。すでに二杯目に手を伸ばしそうな勢いで、普通に満足そうに食べていた。
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