総理セブン!
第一章、明治時代
「はぁ……歴史の宿題、多すぎじゃない?」
だるく伸びをしながら、机の上のノートと教科書を眺める。
その横には、今一番ハマっているスマホゲーム――『総理セブン』。
時は明治。ひょんなことから明治総理が集う国会に召集された主人公と明治総理との恋愛ゲーム。
説明だけ聞けば“教育アプリっぽいライトゲーム”なのに……内容は普通に骨太なストーリーで、恋も友情も命も掛かっている、とんでもない中毒性の作品だ。
そのくせ、キャラが全員イケメンで、歴史も学べちゃう教育系アプリ。
声優も豪華で耳が幸せすぎる!
「よし、今日は誰のストーリーを進めようかな〜?」
イヤホンを耳に差し、アプリを起動する。
タイトル画面に現れたのは、今日のログインボーナスキャラ――西園寺公望くんだ。
『嫌やわぁ、仕事は面倒くさいやん。なぁ、君が代わりにやってぇな?』
「ひゃっ……!!」
不意打ちの京都弁に、思わず変な声が漏れる。
この、耳の奥にじわ~っと染み込んで脳を溶かしてくる声の良さ……。
この、耳にじわ~っと染み込んでくる声の良さ……。
(あぁぁ…!このゲームのために生まれてきたんだ、私…!ありがとう運営さん!!)
テンションが爆上がりして、思わず机に突っ伏した、その時だった。
ピシ……。
「……ん?」
スマホの画面に、細いひびのようなエフェクトが走った。
最初はバグかなと思ったけれど――。
ピシッ、ピシピシッ……!
(え、え、なにこれ!? ホラー要素なんてあったっけ!?)
どくん、と心臓が跳ねる。
まるで、画面の向こうから何かが“叩いている”みたいだ。
そして――
『……開ケ』
「ひっ……!?」
イヤホン越しに低い声が響き、スマホから光が漏れ始める。
白く、濃く、まるで現実に溢れ出すように。
「うそ、うそでしょ!? なにこれ、演出? アップデート? イベント?!」
とっさにスマホを机に置こうとしたけど、指が離れない。
ひんやりした感触が吸い付くように、私の手を固定していた。
逃げようとしても、身体が動かない。
そして光の中から……誰かの手が出た。
人間の手。
細くて白くて、爪まで整えられた指。
だがその手は、静かに私の腕をつかんだ。
「ひっ......」
(怖い怖い怖い怖い......!!)
フッと視界が白くなった。
「う、うぅん……」
どれくらいの時間が経ったのだろう。
体が妙に重く、どこかひんやりとしたタオルの感触が肌に伝わってくる。
自分の部屋の、いつもの椅子の座り心地じゃない。
ゆっくりと目を開けると、そこは天井の高い、見慣れない部屋だった。
重厚な木製の机、クラシカルな赤い絨毯、そして窓の外に見えるのは……見たこともない、レンガ造りのレトロな街並み。
(え……ここ、どこ? 私、スマホの画面に吸い込まれて……)
混乱する頭を必死に動かそうとした、その時。
「おや、やっと目が覚めたん? 随分と気持ちよさそうに寝てはったなぁ」
聞き覚えがありすぎる、耳の奥にじわっと染み込んでくるような、はんなりとした京都弁。
ハッとして声のする方を振り向くと、そこには豪奢なソファに深く腰掛け、退屈そうに書類を眺めている一人の青年がいた。
「さ、西園寺……くん……!?」
「なんや、お化けでも見たような顔して。徹夜でもしたんかいな」
「お、お化けっていうか……本物……!? いや、でもなんで!?」
混乱の極みにある私をよそに、西園寺くんはふっと吐息のような軽い笑い声を漏らす。
ソファからゆっくりと腰を上げると、着慣れた様子の上品なスーツの衣擦れの音をさせて、こちらへ歩み寄ってきた。
「そんなにまじまじと見つめられたら、いくら僕でも照れてまうわ。……って言うたら、少しは落ち着いてくれる?」
目の前で立ち止まった彼は、少しだけ視線を下げるようにして私の顔を覗き込んできた。画面のドットやイラストじゃない。綺麗な肌の質感も、ふわりと香るどこか懐かしいお香のような匂いも、すべてがリアルだ。
「急にぶっ倒れて驚いたで」
「ソファまで運んでくれたんですか?」
「僕やって男やで。それくらいいけるわ.....って言いたいところやねんけど、桂と協力して運んだわ」
「か、桂さんまで……!?」
頭に浮かんだのは、ゲーム内でも西園寺くんと並んで人気の高い、あのニコニコ笑顔がトレードマークの元陸軍総理――桂太郎の姿だ。
まさか彼にまでお世話になっていたなんて、恥ずかしさと驚きで顔がカッと熱くなる。
「桂だけずるいわぁ。なんで僕には照れへんの?」
「え!?」
(も、もしかして、西園寺くんルート?いや、こんなシーンあったかな……)
「あはは、そんなに驚かんでもええよ。ちょっと意地悪が過ぎたな、かんにんな」
西園寺くんは私の慌てようを見て、満足そうにクスクスと喉を鳴らして笑った。やっぱりこの人、完全に私の反応を楽しんでいる……!
「仕事熱心なんはええけど、無理は良くないで。ちゃんと規則正しい生活しな」
「は、はい……すみません、お手数おかけしました……」
「由乃ちゃん、やっぱ寝付けへん?」
「え?」
「そうよなぁ、いきなり官邸に住むことなったもんなぁ。しかも周りはむさ苦しい政の要人。配慮足りてへんかったわ」
「えっ……あの、由乃ちゃんって……私の名前……?」
思わず口から漏れた言葉に、西園寺くんは「何を言うてんの」と言いたげに、ほんの少しだけ片方の眉を上げた。
「自分、まだ寝ぼけてるん? 伊藤公の人材センサーに引っかかって、みんなの臨時秘書兼お目付け役に任命された、元団子屋の天野由乃ちゃんやろ? 」
頭の中に、見慣れない『団子屋を営む自分の姿』のイメージが一瞬だけよぎり、私は思わずオウム返しに叫んでしまった。
(待って、待って!『天野由乃』って名前だけじゃなくて、そんな細かいバックボーンまで勝手に肉付けされてるの!? 確かにゲームの主人公は下町の看板娘って設定だったけど……!)
完全にゲームの世界の住人としてロックオンされている事実に、冷や汗が止まらない。
「伊藤公が『若者の柔軟な思考と抜群の記憶力は国政に活かせる!』って、団子を口いっぱいに頬張りながら大真面目にスカウトしてきたん、もう忘れたん? 僕や桂はともかく、山縣さんなんかは『どこの馬の骨とも知れん小娘を官邸に入れるなど!』って、最初はえらい剣幕やったんやで?」
西園寺くんは、思い出すだけでも面倒くさそうにふぅとため息をついた。
「ま、僕としては、お堅いおじ様ばっかりの場所に由乃ちゃんみたいな可愛い子が来てくれて、大歓迎やったんやけどな」
クスクスと楽しそうに笑う彼の顔は、やっぱり国宝級に整っている。
けれど、その言葉の裏にある、あまりにも重々しい歴史上の偉人たちの名前に、私は目眩がしそうだった。
(伊藤博文に山縣有朋……。世界史並みに覚えることが多いって、さっきまで机の上で頭を抱えてた明治の総理大臣たちが、今まさにリアルタイムで私のことで揉めてたの!?)
しかも、史実の西園寺公望といえば、公家の出身でフランス留学経験もある超エリート。
独自の自由主義的な思想を持っていて、のちに桂太郎と交互に政権を担当する『桂園時代』を築く超重要人物だ。
そして、総理セブンの攻略キャラの一人でもある。
「あ、あはは……そうでした。まだちょっと、頭がぼーっとしていて……」
「無理もないわ。急にこんなとこに連れてこられて、四六時中、国を動かすだのなんだのって難しい話ばっかり聞かされてたら、誰だって知恵熱くらい出すよって」
だるく伸びをしながら、机の上のノートと教科書を眺める。
その横には、今一番ハマっているスマホゲーム――『総理セブン』。
時は明治。ひょんなことから明治総理が集う国会に召集された主人公と明治総理との恋愛ゲーム。
説明だけ聞けば“教育アプリっぽいライトゲーム”なのに……内容は普通に骨太なストーリーで、恋も友情も命も掛かっている、とんでもない中毒性の作品だ。
そのくせ、キャラが全員イケメンで、歴史も学べちゃう教育系アプリ。
声優も豪華で耳が幸せすぎる!
「よし、今日は誰のストーリーを進めようかな〜?」
イヤホンを耳に差し、アプリを起動する。
タイトル画面に現れたのは、今日のログインボーナスキャラ――西園寺公望くんだ。
『嫌やわぁ、仕事は面倒くさいやん。なぁ、君が代わりにやってぇな?』
「ひゃっ……!!」
不意打ちの京都弁に、思わず変な声が漏れる。
この、耳の奥にじわ~っと染み込んで脳を溶かしてくる声の良さ……。
この、耳にじわ~っと染み込んでくる声の良さ……。
(あぁぁ…!このゲームのために生まれてきたんだ、私…!ありがとう運営さん!!)
テンションが爆上がりして、思わず机に突っ伏した、その時だった。
ピシ……。
「……ん?」
スマホの画面に、細いひびのようなエフェクトが走った。
最初はバグかなと思ったけれど――。
ピシッ、ピシピシッ……!
(え、え、なにこれ!? ホラー要素なんてあったっけ!?)
どくん、と心臓が跳ねる。
まるで、画面の向こうから何かが“叩いている”みたいだ。
そして――
『……開ケ』
「ひっ……!?」
イヤホン越しに低い声が響き、スマホから光が漏れ始める。
白く、濃く、まるで現実に溢れ出すように。
「うそ、うそでしょ!? なにこれ、演出? アップデート? イベント?!」
とっさにスマホを机に置こうとしたけど、指が離れない。
ひんやりした感触が吸い付くように、私の手を固定していた。
逃げようとしても、身体が動かない。
そして光の中から……誰かの手が出た。
人間の手。
細くて白くて、爪まで整えられた指。
だがその手は、静かに私の腕をつかんだ。
「ひっ......」
(怖い怖い怖い怖い......!!)
フッと視界が白くなった。
「う、うぅん……」
どれくらいの時間が経ったのだろう。
体が妙に重く、どこかひんやりとしたタオルの感触が肌に伝わってくる。
自分の部屋の、いつもの椅子の座り心地じゃない。
ゆっくりと目を開けると、そこは天井の高い、見慣れない部屋だった。
重厚な木製の机、クラシカルな赤い絨毯、そして窓の外に見えるのは……見たこともない、レンガ造りのレトロな街並み。
(え……ここ、どこ? 私、スマホの画面に吸い込まれて……)
混乱する頭を必死に動かそうとした、その時。
「おや、やっと目が覚めたん? 随分と気持ちよさそうに寝てはったなぁ」
聞き覚えがありすぎる、耳の奥にじわっと染み込んでくるような、はんなりとした京都弁。
ハッとして声のする方を振り向くと、そこには豪奢なソファに深く腰掛け、退屈そうに書類を眺めている一人の青年がいた。
「さ、西園寺……くん……!?」
「なんや、お化けでも見たような顔して。徹夜でもしたんかいな」
「お、お化けっていうか……本物……!? いや、でもなんで!?」
混乱の極みにある私をよそに、西園寺くんはふっと吐息のような軽い笑い声を漏らす。
ソファからゆっくりと腰を上げると、着慣れた様子の上品なスーツの衣擦れの音をさせて、こちらへ歩み寄ってきた。
「そんなにまじまじと見つめられたら、いくら僕でも照れてまうわ。……って言うたら、少しは落ち着いてくれる?」
目の前で立ち止まった彼は、少しだけ視線を下げるようにして私の顔を覗き込んできた。画面のドットやイラストじゃない。綺麗な肌の質感も、ふわりと香るどこか懐かしいお香のような匂いも、すべてがリアルだ。
「急にぶっ倒れて驚いたで」
「ソファまで運んでくれたんですか?」
「僕やって男やで。それくらいいけるわ.....って言いたいところやねんけど、桂と協力して運んだわ」
「か、桂さんまで……!?」
頭に浮かんだのは、ゲーム内でも西園寺くんと並んで人気の高い、あのニコニコ笑顔がトレードマークの元陸軍総理――桂太郎の姿だ。
まさか彼にまでお世話になっていたなんて、恥ずかしさと驚きで顔がカッと熱くなる。
「桂だけずるいわぁ。なんで僕には照れへんの?」
「え!?」
(も、もしかして、西園寺くんルート?いや、こんなシーンあったかな……)
「あはは、そんなに驚かんでもええよ。ちょっと意地悪が過ぎたな、かんにんな」
西園寺くんは私の慌てようを見て、満足そうにクスクスと喉を鳴らして笑った。やっぱりこの人、完全に私の反応を楽しんでいる……!
「仕事熱心なんはええけど、無理は良くないで。ちゃんと規則正しい生活しな」
「は、はい……すみません、お手数おかけしました……」
「由乃ちゃん、やっぱ寝付けへん?」
「え?」
「そうよなぁ、いきなり官邸に住むことなったもんなぁ。しかも周りはむさ苦しい政の要人。配慮足りてへんかったわ」
「えっ……あの、由乃ちゃんって……私の名前……?」
思わず口から漏れた言葉に、西園寺くんは「何を言うてんの」と言いたげに、ほんの少しだけ片方の眉を上げた。
「自分、まだ寝ぼけてるん? 伊藤公の人材センサーに引っかかって、みんなの臨時秘書兼お目付け役に任命された、元団子屋の天野由乃ちゃんやろ? 」
頭の中に、見慣れない『団子屋を営む自分の姿』のイメージが一瞬だけよぎり、私は思わずオウム返しに叫んでしまった。
(待って、待って!『天野由乃』って名前だけじゃなくて、そんな細かいバックボーンまで勝手に肉付けされてるの!? 確かにゲームの主人公は下町の看板娘って設定だったけど……!)
完全にゲームの世界の住人としてロックオンされている事実に、冷や汗が止まらない。
「伊藤公が『若者の柔軟な思考と抜群の記憶力は国政に活かせる!』って、団子を口いっぱいに頬張りながら大真面目にスカウトしてきたん、もう忘れたん? 僕や桂はともかく、山縣さんなんかは『どこの馬の骨とも知れん小娘を官邸に入れるなど!』って、最初はえらい剣幕やったんやで?」
西園寺くんは、思い出すだけでも面倒くさそうにふぅとため息をついた。
「ま、僕としては、お堅いおじ様ばっかりの場所に由乃ちゃんみたいな可愛い子が来てくれて、大歓迎やったんやけどな」
クスクスと楽しそうに笑う彼の顔は、やっぱり国宝級に整っている。
けれど、その言葉の裏にある、あまりにも重々しい歴史上の偉人たちの名前に、私は目眩がしそうだった。
(伊藤博文に山縣有朋……。世界史並みに覚えることが多いって、さっきまで机の上で頭を抱えてた明治の総理大臣たちが、今まさにリアルタイムで私のことで揉めてたの!?)
しかも、史実の西園寺公望といえば、公家の出身でフランス留学経験もある超エリート。
独自の自由主義的な思想を持っていて、のちに桂太郎と交互に政権を担当する『桂園時代』を築く超重要人物だ。
そして、総理セブンの攻略キャラの一人でもある。
「あ、あはは……そうでした。まだちょっと、頭がぼーっとしていて……」
「無理もないわ。急にこんなとこに連れてこられて、四六時中、国を動かすだのなんだのって難しい話ばっかり聞かされてたら、誰だって知恵熱くらい出すよって」


