2度目の初恋、始めます♡

3話 緊張の大会

 夜。
 
 私はベッドの上で仰向けになり、ぼーっと、天井を見つめていた。

 蒼からのメッセージを、もう何回目かわからないくらい読み返す。

 嬉しいなあ。

 ……でも、それと同じくらい、少しだけ不安だった。
 
(……また連絡するっていつ?)

 期待しちゃダメ。
 そう思うのに、心は勝手に浮かれてしまう。

 私はスマホを胸に抱きしめて、ぎゅっと目を閉じた。

 ──明日から、また部活だ。

 よしっ!
 もう寝よう。

 明日も頑張らないとだし。

 そう、自分に言い聞かせてゆっくり目を閉じた。


 月曜日。

 最後の夏休み練習だ。

「ねえ、ひより!なんかあったでしょ」

 練習開始の20分前、更衣室で結菜がいう。
 
「結菜、声デカい!ボリューム考えて」

 結菜は「てへぺろっ」と舌を出した。
 
 もうっ……!
 
「いきなりどうしたの?そんなことないけど」

「顔が違う。絶対いいことあった顔。ほら、言ってみなさい」

 結菜は断定口調で言う。

 お母さんみたい。

「……そんなことないって」

「はい嘘だあ〜。その反応がもう怪しいし。ひよりは私に嘘なんてつけません。そんな教育した覚えはないわよ!」

 結菜はまたまたお母さんみたいに両手を腰にして、仁王立ちしていう。

(もう無理だ……)

 私は観念して、小さく息を吐いた。

 やっぱりバレてるよね?

 また顔に出てるのかな。
 
「……小学校の同級生に、会ったの。それだけだよ」

「ふうん」

 結菜の目が一気に輝き出す。

「男子?」

「……まあ」
 
「はいっ。恋決定ですねぇ!」

 結菜はニヤつきながらいう。

「違うってば!」

 やっぱり、これが恋なのかなあ。

 恋なのかどうなのか分からなくなりそう……。

 
 プールサイドは、いつもより緊張感に包まれていた。

「今日はリレーの練習するぞ!」

 顧問の声に、部員たちが一斉に動き出す。

 私は混合メドレーリレーのフリー担当。
 アンカーなんだよっ!

 背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ──。

 仲間が繋いでくれたバトンを、最後に受け取る。
 責任重大な役目だ。
  
(集中、集中……)

 スタート台に立った瞬間、頭に浮かんだのは蒼の顔。

『変わってないね』の一言が、なぜか胸の奥で響く。

 ううん。
 私だって少しは変わってるよっ……!
 
「ひより、行け!」

 結菜の声で、私は水に飛び込んだ。

 水の中は静かで、何も考えなくていい。
 
 ただ、前に進むだけ。
 ただ、仲間のバトンを受け取り泳ぐだけだから。
 
 ターンをして、ラストスパート。

 水面から上がった瞬間、肺が悲鳴をあげたかのように苦しくなる。

 ふうっ!

 ゆっくりプールサイドに上がると、
 
「タイム、2分5秒07」

 と山岸先生がこちらに笑顔を向けていう。
 
「ナイス!タイムいいよ!」

 結菜も笑顔で言った。

「やったね!」

「うん!」

 よかったっ。

 ──私、ちゃんと、前を向けて、進めている。

 それから家に帰って、お風呂に入って、シャワーを浴びて、髪を乾かして。

 ベッドに座ったところで、スマホが震えた。

 いきなりの震えで少し大袈裟に反応してしまう。

 誰だろう……?

「今日、部活だった?」

 送り主は──、蒼だ。

ひより)「うん。大会近いから大変」

 すぐに既読がつく。

蒼)「そっか。無理しすぎんなよ」

 たったそれだけの言葉なのに、なぜかすごく嬉しい。

 心配してくれているからなのかなっ。

ひより)「ありがとう」

 送信して、スマホを置く。

 距離は、まだまだある。
 同じ学校でもないし、毎日を一緒に過ごしているわけでもない。

 それでも。少しずつ、少しずつだけど。

 あの頃の「届かなかった気持ち」が、今ならちゃんと届けられる気が湧いてきた。

(今度こそ……逃げたくない。諦めたくない)

 私はそっと息を整えた。

 よし。

 私は自室に戻り、勉強机の電気をつけた。

 そして、Bluetooth(ブルートゥース)でイヤホンを繋げ、英文を流す。
 
 私は幼い頃から英語を習っていて、得意分野でもあるんだ。

 一応、小学生から今までの成績も英語はオール3(小学校は3段階の評価だった。中学は5段階評価でもちろんオール5)を取っているし、英検も3級まで取っている。

 蒼の通う白鳳は理系も文系も県内トップクラス。
 
 だから、私の高校の()()志望は白鳳なのだ。

 ──、というのも。

 第一志望は黎明(れいめい)館大学附属高等学校。

 黎明館は県内有数の有名な私立校で、小学校から大学院まである学校。
 英語教育に力を入れているコースがあるんだ。
 
 英語を伸ばしたいから目指している学校。

 高校には推薦で入りたい。
 そのために英検の取得を目標にしてきた。

 今の目標は中3までに2級を取ること。
 
 そのための勉強なんだ……っ。

 その日は11時半まで勉強して、ベッドに入った。

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 夏休み最後の練習はもう終わって、今は大会前の調整期間。
 
 練習時間はいつも短いけど、やけに空気が重く、部内がピリピリする時期。
 
 練習終わりのプールサイドに座ると、水面がゆらゆら揺れていた。

(もうすぐなんだよなあ、大会……)

 この夏を締めくくる大会。
 中学に入って初めて迎える夏の大会。

 すごくドキドキする。
 
 終わったら、ちょっとだけ大人になるのかな……。

 絶対にいい成績残すぞっ!!

 そう考えていると。

「ひより」

 不意に名前を呼ばれた。
 
 振り返ると、結菜がタオルを肩にかけて立っていた。

「ぼーっとしてるね」

「してないよ」

「嘘。考えごとしてたでしょ」

 結菜は私の隣に腰を下ろす。

 やっぱり結菜に嘘はつけないし、結菜はなんでもお見通しって感じだな。
 
「大会、終わったらさ」

 少しだけ間を置いて、結菜が言う。

「ちょっとずつこれからのこと、考えていくの?高校受験のことも考え始めないといけない時期になるでしょ」

「……うん」

 これからのこと……か。

 高校のこと、英語のこと。考えなくてはいけない。

「ひよりはさ、絶対大丈夫だよ。勉強も、恋も……」

 恋……?
 
「ごめん、井谷に聞いたんだ。小学生の頃の、神崎くんのこと」

「……そっか」
 
 井谷とは春夜のこと。

 春夜は井谷春夜っていうんだ。
 
「ごめん。でも、ひよりは絶対大丈夫だから。私が保証するし、永遠に応援するからっ!」
 
 結菜にそんなこと言われるのは初めてかもしれない。

「ありがとう」

 二人で小さく笑った。
 

 その日の夜。

 大会が近いせいか、なかなか寝付けなかった。

 スマホを手に取って、画面をつける。
 
「明後日だよな、大会」と、蒼からメッセージが届いていた。

 どうやら、今さっき、送られてきたらしい。

ひより)「うん」

 素直に答える。

蒼)「緊張してる?」

 少し考えてから、正直に打った。

ひより)「ちょっとだけ」

 すぐに返事が来る。

蒼)「ひよりなら大丈夫」

 理由も根拠もない、たった一言。

 なのに、不思議と肩の力が抜けた。

ひより)「ありがとう」

 すると、意外なメッセージが届いた。
 
蒼)「大会、行ってもいい?」

 えっ……?

 すごくびっくりした。
 でも嬉しい。

ひより)「もちろん。場所は──」

 そう送ってから、スマホをギュッと抱きしめる。

 大会が終わったら。
 夏が終わったら。

 私は、次の一歩を踏み出そう。

 心の中でそう決めた。

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 大会当日。
 
 プールサイドに行くと、そこだけ緊張感が増している気がした。

 そして、私の1種目目、200Mフリーになる。

 どうしようっ!

 いまさら緊張してきちゃった!
 
 観客席から響く声援、プールの水が跳ねる音、審判の笛。すべてが張り詰めている。
 ゴーグルをつけてスタート台に立つと、心臓がバクバク鳴る。

(落ち着け、ひより……)

 ターンや息継ぎのことを頭の中で繰り返す。

 でも、どうしても心のどこかで、今日蒼が来ることを思い出してしまう。

 彼が、蒼が観客席のどこかにいるんだっ。
 
 そのことだけで、少しだけ肩の力が抜けるような、でも同時に少し緊張するような気持ちだった。

「ひより、頑張って」

 遠く方結菜の声がした。

 その直後にスタート前の合図がする。

Take your marks(テイク・ユア・マークス)…………ピーッ!」

 勢いよく水に飛び込む。

 泳ぎ終わった時、目の前では山岸先生が親指を立てていた。

 壁にかけてある電光掲示板を見ると、【三橋中学校 桜庭ひより】の隣には、2分4秒31の文字があった。

 選手の待機席に戻ると、結菜が走って、抱きしめてくれた。
  
 彼女の笑顔を見ると、自然と気持ちが落ち着く。

「よかったよ!今までで1番速いんじゃない?」

 そんな会話をしていると、疲れなんてすぐに吹っ飛んでしまいそうだった。

 最後の混合メドレーまでにおにぎりでも食べとけ、と山岸先生はコンビニにのおにぎりを投げてくれた。

  最後の種目・混合メドレーになった。
 
 優心(ゆうしん)先輩の背泳ぎ、幹太(かんた)先輩の平泳ぎ、結菜のバタフライ。

 そしてとうとう、私の番になる。

「ひより、行け!」

 いつもは優しい結菜の声も、真剣な声へと変わっている。
 
 その声と共に水に飛び込んだ。
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