まだ恋とは呼べない距離で

【番外編】誕生日プレゼント

「お兄ちゃん、今度の土曜日に池袋行きたいから付き合って」

未来はソファに寝転ぶ兄を見下ろす。

「行かない。メンドイ」

即答だった。

「えぇー。ママに一人で行っちゃダメって言われたの! お願い!」

「やだ」

また即答。

でも、これは未来の予想通りだった。

未来はわざとらしくため息をつく。

「理緒の誕生日プレゼント買いに行きたかったのになー」

兄の肩が、ぴくっと反応する。

未来は気づかないふりをしたまま続ける。

「誰か行ける人探さないとなー。クラスの友達は予定合わなかったしなー」

そう言いながら、ちらっと兄を見る。

「……しょうがねぇなぁ」

未来はぱっと顔を上げる。

「え!? お兄ちゃん来てくれるの!?」

「クラスの友達ダメだったんだろ。しょうがねぇじゃん」

「へへ〜ん。ありがと、お兄ちゃん」

「なんでニヤニヤしてんだよ」

「べつにぃ?」

---

土曜日。

池袋の雑貨屋で、未来はマグカップ売り場の前にしゃがみ込んでいた。

「お兄ちゃん、これ可愛くない? すっごい理緒っぽい」

未来は、水色の猫柄のマグカップを持ち上げる。

「あ、でも理緒はこっちの方が好きそう!」

今度は、夜空に流れ星が描かれたマグカップを手に取った。

「どっちがいいかなぁ?」

「はぁ? 俺に聞くなよ」

「だって、どっちも可愛くて迷うんだもん。理緒にずっと使ってほしいし」

「ずっと使う……ね」

晃は小さく呟いて、少しだけ考える。

「……こっちの方が、大人になっても使えるんじゃねぇの?」

指差したのは、流れ星のマグカップだった。

「うんうん。こっちの方がオトナっぽくて理緒っぽいよね。さすがお兄ちゃん、分かってる〜」

「だから、なんでニヤニヤしてんだよ」

「べつにぃ?」

未来は楽しそうに笑いながら、値札を見る。

「あ……でも、これ予算オーバーだ」

「は?」

「これ二千円する。でも、あたし千円しか持ってない」

晃は呆れたように眉を寄せる。

未来はわざとらしく肩を落とした。

「これ、ぜーったい理緒が気に入ると思ったのになー」

その言葉に、晃は小さくため息をつく。

「……しょうがねぇなぁ」

「え?」

「いくら足りねぇんだよ」

「千円!」

「……レジ行くぞ」

未来はぱっと顔を輝かせる。

「やったー!」

---

一学期の終業式の日。

「理緒、一日早いけど、お誕生日おめでとう!」

未来はラッピングされた箱を差し出した。

「未来、ありがとう」

理緒は少し驚いたように受け取る。

「開けてもいい?」

「もちろん!」

包装を開くと、中から流れ星柄のマグカップが現れる。

「わ……可愛い」

理緒の表情が、ふわっと柔らかくなる。

未来は満足そうに笑った。

「これね、池袋でお兄ち――」

「おにいち?」

「……うぅん! 池袋ですっごい悩んで買ったの!」

「そうなんだ。嬉しい」

理緒はマグカップを両手で包むように持つ。

「大事にするね」

「うん!」

未来は嬉しそうに頷く。

「じゃ、また夏休み明けにね!」

「うん。ありがとう」

未来は満足げに教室を出ていった。

『お兄ちゃんが理緒にベタ惚れなの分かりやすいんだけどなぁ』

廊下を歩きながら、未来はひとりで笑う。

『でも、理緒はお兄ちゃんのこと、どう思ってるんだろ』

――その後、理緒がこのマグカップを十年以上使い続けていることを、晃は知らない――
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