まだ恋とは呼べない距離で

神格化とデザート

翌日の夕方、理緒はまみちゃんと夕食を食べていた。

「りっちゃんから誘ってくれるなんて珍しいね」

「うん。……まみちゃんの声、聞きたくなって」

「それは嬉しいな。でも、何かあった?」

「……うん」

「どうしたの?」

「面白い話じゃなくて、申し訳ないんだけど……」

「そんなの気にしなくていいよ」

理緒は視線を落とし、一息吐いてから話し始めた。

「……あのね。まみちゃん、この前、私が変わったって言ってたでしょ?」

「うん?」

「昔は、お兄ちゃん大好きって感じだったって……」

「言ったね」

「実はね……まみちゃんが引っ越した後くらいから、お兄ちゃんとあんまり話せなくなっちゃったの」

「そうなんだ」

「今もずっと、そのままで……。あ、でも、喧嘩してるわけじゃないの。挨拶はするし。でも……」

「でも?」

理緒は唇を噛む。

「……多分、私、お兄ちゃんが一番大事にしてたものを踏みにじっちゃったから……嫌われたのかなって……」

そこまで言った瞬間、理緒の目からぽろりと涙が零れた。

「りっちゃん!?」

まみちゃんが慌てて身を乗り出す。

「ごめん……。初めて話したから……自分でも、泣くなんて思ってなくて……」

まみちゃんは急いで鞄からハンカチを取り出した。

「大丈夫。ほら」

理緒も自分の鞄からハンカチを取り出し、目元を押さえる。

まみちゃんは少しだけ考えるようにしてから、ゆっくり口を開いた。

「……私、お兄さんが一番大事にしてたものが何かは分からない。でもね、私が知ってるお兄さんって、りっちゃんより大事なものなんて無かったと思うよ?」

「……お兄ちゃんが?」

「うん。昔から、妹ラブって感じだったじゃん」

「ウソ!」

理緒は思わず顔を上げた。

「嘘じゃないよ。むしろ、りっちゃん気付いてなかったの?」

「優しいお兄ちゃんだとは思ってたけど……」

「いや、優しいけど……それ以上に……シスコンって言うか……」

まみちゃんは少し首を傾げる。

「何で、お兄さんに嫌われてるって思ったの? 会話なくなったから?」

「……うぅん。私、冗談で『会社は私が継いじゃうぞ』って言ったの。そしたら、お兄ちゃんが『継げばいいだろ。理緒のほうが向いてる』って……」

理緒はぎゅっとハンカチを握る。

「ちょうど、その頃、お兄ちゃんも色々あった時期で……。私、追い打ちかけちゃったのかもしれない。それから、あんまり話せなくなって……」

「そっかぁ……」

まみちゃんは静かに頷いた。

「それはたしかに、“嫌われたかも”って思うよね」

「……うん」

「でも、私は違うと思うな」

「違う?」

「うん。逆に、お兄さんも後悔してるんじゃない? りっちゃんに、きつく言いすぎたって」

「……お兄ちゃんが?」

「完璧スペックなお兄さんだけど、でも人間でしょ? 八つ当たりしちゃうことだって、あるんじゃないかな」

理緒は小さく目を瞬かせた。

「……そっか。お兄ちゃんも、人間だよね……」

「そうそう」

理緒は少しだけ肩の力を抜く。

「……まみちゃん、ありがと。私、勝手にお兄ちゃんを神格化してたのかも」

「あはは。たしかに、“神の如き聖人”って感じだったもんね」

「あはっ。聖人は言いすぎじゃない?」

「良かった。りっちゃん、笑顔戻った」

「あ……ありがと。まみちゃん」

「ん。どういたしまして」

少し空気が和らいだところで、理緒はメニューを手に取った。

「まみちゃん、デザート食べる? 今日は私が奢るよ」

「え、悪いよ。でも、これ美味しそう」

「じゃあ私が頼むから、半分こしよ?」

「いいねぇ」

二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
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