まだ恋とは呼べない距離で

グループワークとカレー

翌日、理緒のスマホにメッセージが届いた。

《2号館のカフェテリア来れる?》

理緒は短く返信する。

《お昼休みなら》

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昼休みのカフェテリア。

いつもの席には、先に誠さんが来ていた。

相変わらず、いつものカレーを食べている。

理緒はレジでたらこスパゲッティを注文し、トレーを受け取って席へ向かった。

席に着くなり、理緒は口を開く。

「……今日は、どうしたんですか?」

誠さんはスプーンを口に運びながら言う。

「一夜を共にした仲なのに、ランチ誘うのに理由いる?」

「その言い方やめてください」

理緒は睨みながら低い声で返した。

誠さんは少し笑ってから、ふっと表情を戻す。

「……昨日、達也から電話あった」

理緒の手が止まる。

「……え?」

「やっぱ、お前らお互い誤解してるだろ」

「誤解……?」

「達也、相変わらずシスコン兄貴だったぞ」

「はい!? 意味分かんないです」

誠さんは気にした様子もなく続ける。

「もう少ししたら日本帰ってくるって言うから、会うことになった」

「……会う?」

「お前、ちゃんと兄貴と話せ」

理緒は視線を落とした。

「……そんな、話すことなんて……」

「ある」

即答だった。

理緒は少しだけ眉を寄せる。

「でも……何を話したらいいか分からないです。家族で会っても、挨拶くらいしかしないし……」

「家族みんなでいるからだろ。二人で話せよ」

「二人きりは……兄が昔、“困る”って……」

「はぁ?」

誠さんが顔を上げる。

「あいつ、そんなこと言ったのか?」

理緒は小さく頷いた。

誠さんは少し考え込むように黙る。

それから、軽く息を吐いた。

「……それ、多分“嫌”とかじゃねぇよ」

「……え?」

「今お前が言ってるやつ。何話したらいいか分かんないって」

理緒は目を瞬かせた。

「……兄も?」

「知らん。でも、そうじゃねぇの」

「……」

「分かんねぇなら、聞けばいいだろ」

「聞く……?」

「『なんで私と二人きりは困るって言ったの?』って」

理緒は少し戸惑ったように誠さんを見る。

そんなふうに、真正面から聞くものなのだろうか。

誠さんは構わず続けた。

「だから、達也が帰ってきたら会うぞ」

一瞬迷う。

でも、逃げるのは違うと思った。

「……はい」

「時間決まったらまた連絡する」

「……兄には、私も会いに行くって伝えてあるんですか?」

「言ってる」

「……そうですか」

しばしの間沈黙が続く。

やがて理緒は、小さく笑いながら言う。

「……兄が本当にシスコンか、確認してみますね」

「おぉ。してやれしてやれ」

「さすがに、それはないと思いますけど」

「……」

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誠は、昨日の電話越しの達也の声を思い出していた。

『理緒、まだ俺のこと怖がってると思う』

あんな弱った声を聞いたのは、初めてだった。

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昼休みが終わり、理緒は午後の授業へ向かった。

後日予定されている企業訪問。

地域活性化事業を行っている企業での講義と見学に向けた、事前準備のグループワークだった。

しかし、授業にはどうしても集中できなかった。

気が付けば、兄のことばかり考えてしまい、悪い方向へ想像が膨らんでいく。

グループ内で、企業のどの事業を見学するか、質問したいこと、提案したいことなどを出し合っていく。

理緒は元々、こういったグループワークが苦手だった。

誰が仕切るのか。
誰がまとめるのか。
誰が意見を出すのか。
誰が情報を集めるのか。

グループを組むたびに、理緒は自分がどの役割になるのか、空気を読みながら輪へ加わる。

幸い、今回のグループには自然とリーダー役やまとめ役になる人がいたおかげで、理緒は静かなグループメンバーAでいられた。

それでも、グループワークが終わる頃には、理緒はすっかり疲れていた。

授業が終わり、荷物を鞄へしまいながら、深いため息をつく。

こんな時は――と、理緒はスマホを取り出し、まみちゃんへメッセージを送った。

《ご飯一緒に食べたいな》

すぐに返信が来る。

《明日なら大丈夫だよ》

理緒は少し迷ってから、

《明日の夕食いいかな?》

と返した。

《いいよ》

という短い返事に、少しだけ気持ちが軽くなる。

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帰り道。

大学近くの商店街を歩いていると、不意に声を掛けられた。

「あ、理緒ちゃん。こんにちは」

振り向くと、そこにいたのは昌大さんだった。

「昌大さん、こんにちは」

「久しぶりだね。……っていうほどでもないか」

昌大さんは軽く笑う。

「昌大さんも大学帰りですか?」

「ううん。僕は誠や理緒ちゃんとはキャンパスが違うんだ」

「そうなんですか?」

「僕、情報学科で別キャンパスなんだよ。そこの附属高校出身だから、誠のキャンパスにも知り合いが多くて。その縁で仲良くなった感じ」

「そうだったんですね」

昌大さんは理緒の顔をのぞき込むようにして言った。

「なんか、今日はちょっと元気ない?」

「あ……ちょっと考え事をしていて」

「そっか。もう帰る? よかったら夕飯でもどう? 今日は自炊する気分じゃなくてさ」

理緒は少しだけ迷ったあと、小さく頷いた。

「……ぜひ、ご一緒させてください」

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二人が向かったのは、昌大さんおすすめのインドカレー屋だった。

店内には異国風の装飾が並び、壁にはネパールの地図が飾られている。

「インドカレー屋さん、初めてです」

理緒が言うと、昌大さんは少し得意げに頷いた。

「たぶん、お店の人はネパールの人だと思うけどね」

「そうなんですか」

「真実って、知らないと分からないものだよねぇ」

理緒は小さく頷きながら席に着く。

店員へ注文を済ませ、やがてカレーが運ばれてきた。

昌大さんの説明を聞きながら、理緒はナンにカレーをつけて食べる。

「……美味しいです」

「でしょ? ここ、学生の味方なんだよ。安くて美味しくて、ちゃんと満たされる」

「……なんだか、少し元気が出ますね」

昌大さんは柔らかく笑い、それから、ふと表情を改めた。

「でさ、どうしたの?」

「え?」

「何か悩んでるんじゃないかなって」

理緒は手を止め、少し視線を落とした。

「あの……面白い話じゃないですよ」

「面白い話は期待してないよ」

その言葉に、理緒は少しだけ息を吐いた。

「兄と、あまり上手くいっていなくて……でも誠さんが、ちゃんと会って話した方がいいって」

「へぇ……誠が」

昌大さんは少しだけ目を細める。

「誠は適当に言うタイプじゃないからね。何か考えがあるんじゃないかな」

「あ、兄と誠さんは高校の寮の同室だったみたいで」

「知り合いなんだね。じゃあ、きっと大丈夫だよ」

「大丈夫、ですか?」

「うん。あいつを信じておけば、大きく外すことはないと思う」

理緒はその言葉に少し驚いた。

「……昌大さんと誠さんって、本当に仲がいいんですね」

「ね。キャンパス違うのに」

理緒は小さく笑みをこぼす。

「……少し、羨ましいです」

「理緒ちゃんなら、すぐ誠の一番になれると思うけど」

昌大さんは意味深に笑う

「……昌大さんには敵わないと思います」

理緒はそう言って、少しだけ困ったように笑った。

その時、二人のスマホが同時に鳴る。

《来週金曜日、会議。来れるか?》

「理緒ちゃんも、誠から?」

「あ、はい」

「理緒ちゃん、来週の金曜日来れる?」

「でも……」

「理緒ちゃんが来てくれたら、僕も嬉しいなぁ」

「でも、私なんて、昌大さんみたいに専門的な知識があるわけじゃないし……」

「そんなの問題ないよ。僕の役割は僕がやるから。それより、理緒ちゃんにしか頼めないことがたくさんあるから、来てくれたら僕たちは大助かり」

「……私にしか、出来ないこと……ですか?」

「うん。理緒ちゃんの危機管理能力は僕たちに欠けてた部分だし、野郎二人じゃ女の子の視点は分からないし。あと、広報活動も強化したいから……理緒ちゃん美人さんなんだもん」

「……私が役に立ちますかね」

「なるって。理緒ちゃんが忙しい時は無理にとは言わないけど、来れるなら来てよ」

「……そう、ですね」

「うん、うん」
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