仕事中は嫌な男なのに、残業中だけ声が甘すぎる ~ペン先より俺に恋しろ、と迫られました~

第3話 「ペン先より俺に恋しろ」


「え……?なんで?」
「……まじか」
 
黒川が額を押さえ、これ見よがしなため息をついてくる。
 
「ほんま、腹立つくらい覚えてへんねんな」

私は記憶を掘り起こしていると、「いつぞやかの会社の飲み会で――」と黒川が語り始める。
 
「白越が言ってたんやで……『書く機会が減りつつある今だからこそ、手書きの魅力を再発見してほしい』って思い出した?」
「……言ったかも……」
「『そんな相棒みたいなペンを作りたい――私はペンが大好きなんですっ』って」
「あぁっ……うんうん、言ったわ」

確かに言った覚えがある。
でも、黒川は不服そうだった。
   
「……ほんで?」
「『ほんで?』……とは?」
「……肝心なとこ、抜けてんで?」

思い当たる節がなくて唸っていると、さっきよりも近い距離で囁いてきた。
    
「『しゃあないな、お前だけやで』」
「……っ!!」
「ふはっ……その顔、思い出したんちゃう?」  

そうだ。
たぶん、入社して一、二年が経った頃。
会社の飲み会帰りに、『黒川って関西出身なの?』と聞いたことがあった。
当時ハマっていたドラマのヒーローが関西弁で、自然と魅了された。
 
『京都出身です。白越さんは都内でしたね』
『うん、実はね、関西弁好きなのっ。黒川、声良いでしょ?聞きたいっ』
『……しゃあないな、お前だけやで。何これ……はずっ……白越?』
『っっっ!!』
  
声と方言の破壊力に、心臓がありえない衝撃で疼いた。 
私はその勢いで黒川の肩を叩きながら伝える。

『やっぱり好きっ!!』
『えっ……』   
『ほんとその声っ……!あとね、黒川の字も好き』
『は?』
『綺麗だなぁ~って』

黒川の眉がピクリと跳ねる。
私は何だか嬉しくなって、彼への声や字への想いをぶつけていく。
 
『付箋とか企画書とかの。ああいう字好きなんだよね~。ほんっとペンと相性良いんだもんっ!』
『……は?……俺やけど、字?声?』 

お互い酔っていたとはいえ、素直すぎる自分の告白に変な汗が止まらない。  

「声も字も好き言うくせに」
「お前、全然俺のこと見てへんかったやろ」

黒川が私の耳たぶを優しい手つきで撫でる。
 
「せやし、白越が関西弁聞きたなるまで、意地悪したったわ」
「……まさか……わざと丁寧に……?」

黒川は答えないものの、表情が物語っている。  
触れられたままの耳に、黒川の体温がとけていく。
 
「……俺、ペンに嫉妬したん初めてやったわ」

黒川が、机の上に置かれた試作段階のボールペンと紙を引き寄せた。
白い紙に、黒のインクが、想いをのせて走り出す。
 
「俺は、白越陽菜が好き」
 
ゆっくり言葉をなぞっていく、低くて少し甘い声。
耳の奥に熱が生まれる。
 
(――ずるい。そんな綺麗な顔で、そんな声で言われたら……)

「返事は?」
「む、無理……」
「なんで」
「心臓が無理」

黒川は吹き出した。

「それなら、返事は明日でええわ」

そのまま彼の唇が、耳を掠める。

「逃がすつもりあらへんし」
  
そう言って、彼は机の上の企画書を引き寄せる。

「お前の話聞いてたら、思いついた」
「……え?」

黒川は笑いながら、ペンを走らせた。

「これ、採用」
 
白い紙には黒のインクで、二人で作り上げたキャッチコピー。
 
『ペン先で恋して』
 
その下に、彼が付け足した一文があった。
 
『――インクの香りは、恋心を綴る香り』
 
「どう?」
「……ずるい」
「ん?……舌打ち休みなん?」
「……ずるすぎるっ」
 
黒川が目を細める。
いつもみたいに舌打ちもできない。
 
悔しいのに。
恥ずかしいのに。
胸がいっぱいで、もうそれしか言えなかった。
 
「せやろ」
 
黒川は私の耳元で笑った。
 
「ペン先より、俺に恋しろ」
 
―完―
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