捨てられ才女はどうやら繁栄の切り札だったようです~新生活を謳歌していたら、記憶チートで追放先が大発展していました~

25.苛立つディルダ

 何かがおかしくなっているような……。何もかも変な方向に行きかけているのでは。
 数か月前まで、こんなことはなかった。
 公国は小さいながらも上手く回っていたはずだ。コーデリアがいなくても問題なぞ起ころうわけがない。
 なぜならディルダは生まれながらの王族で、相応の力を持っているはずだから。
「そうだ、俺は――」
 ディルダには兄がいた。公国は彼が継ぐはずだった。
 しかし何年も前に彼は死んだ。運がなかったのだ。魔獣に襲われて死ぬなんて。
 公国の王族で魔獣に殺された者は百年振りの不幸だという。コーデリアが……いや、あの女はいつでも昔のことを引用するのだ。
 あの女は見たものを忘れないとか、人間ではない。
 だが、そうであればこそ民衆にも官僚にも人気があったのでは?
 ディルダの父の先王もコーデリアをいたく気に入っていた。
『コーデリアがいれば公国は何十年も安泰だ』
『ディルダ、コーデリアとルーインを大切にしなさい。ふたりと協調すれば憂いは何もない』
 ディルダは父の言葉にうんざりしていた。
 可愛げがなく、媚びることを知らないくせに人から信望を集めるコーデリア。
 皆はコーデリアを過大評価している。それがディルダの長年抱いている思いだった。
「持ち得ているはずだ」
 新しい酒をがっと飲み喰らう。
 王族の特権。快楽。統治。全てを支配しているはずなのに。
 昼から深夜まで何時間飲んでも気が晴れず、酔った頭のままディルダは執務室に向かった。
「ふぅ……」
「報告書と決裁を要する書類でございます」
 宰相のオルドスが持ち込んできた書類を適当に眺め、処理する。
 正直なところ、ディルダは官僚的な書類は読んでもあまり理解できていなかった。
 だが、問題はない。結局のところ大枠さえ掴んでおけば、コーデリアのように覚えている必要なんてないはずだから。
 ディルダはオルドスからの書類のひとつに目を留めた。
「金が足りないのか」
「……はい、率直に申しまして。魔獣の討伐数が減少しており、税収も減っております」
 ディルダは舌打ちする。直属の黒服を使い、討伐費用を削減しているのはディルダ自身だ。
 今はうるさいコーデリアもいないので、その規模も拡大している。
 それがこんなマイナスを生むとは。討伐費用を節約してやったつもりが……。
「なんとかならんのか」
「最善は尽くしておりますが……その、何とも致したく……ただ……」
 意味深な目線を送ってくるオルドスに、ディルダは鷹揚に答える。
「続きを言え」
「王宮内の費用を見直すことで、多少の余剰は出るかと」
「それは俺の遊興費を言っているのか? ああ?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
 オルドスの目に反抗心は欠片もない。書類だけが能の男であるが、このような反応はディルダの嗜虐心を満足させる。
「見直しなら無能な官僚の費用を削れ。俺の金は削るな」
「うっ……仰せの通りに」
 オルドスを外さない理由はもうひとつある。
 それは隠れて、この男が足りない予算を自費で穴埋めしているからだ。
(お人好しもここまで来ると馬鹿だな)
 指示を出し終わり、ディルダが今度は黒服の報告書に目を通す。
『ヴォルデは短期間で活況を呈す。鉱業は現状、安定経営。インフラ整備の優先により、地元民もコーデリアの政策を支持』
『帝国との交易も順調。帝国への留学経験のあるコーデリアに対して帝国も好意的』
『南部の一部住民は魔獣討伐の減少を不服として、ヴォルデへ出稼ぎに向かう』
 黒服の報告によると、コーデリアは上手くやっているらしい。
(なぜなんだ?)
 かつて鉱業が盛んだったヴォルデはもう何十年も前の話だ。今のヴォルデは無気力で望みのない捨て地だったはず。
 それなのにコーデリアはわずか数か月で地元民からも支持され、資金を稼ぎ、帝国とも上手くやっている。
(くそくそくそっ! どうしてコーデリアだけなんだ?)
 昔からそうだった。彼女だけが特別に結果を出し、愛される。
 対するディルダはそうではなかった。
 捨て地で苦労するコーデリアを救い上げる……そのはずだったのに。そうすれば王宮内でもコーデリアもディルダを崇めるだろうに。
 だが、現実は違うようだ。
 コーデリアのいなくなった王国政府には問題が山積して、ヴォルデは富み栄える。
 全く逆の結果に――不機嫌に押し黙るディルダにオルドスが声をかける。
「あ、あの……陛下?」
「なんだ」
「報告書に何か不備が?」
 怯えるオルドスにディルダが眉を寄せる。
 目の前のオルドスに当たり散らしたいところだが、この男はまだ必要だ。
 爆発しそうな怒りを抑えながら、ディルダは扉を顎で指す。
「何でもない。用が終わったのなら、さっさと出ていけ!」
「は、ははぁっ!」
 オルドスは書類の束を持って、執務室から去っていった。
 白じむ窓の外を眺めても、ディルダの気分は晴れなかった。むしろ苛立つばかりだ。
「やはりヴォルデへ流すのだけでは、温すぎたか……」
 コーデリアは諦めるということを知らない。
 どんなに難しい本も読み進め、国家の難題にも取り組み続ける。
 王宮から追放されても、まだ屈しない。
「ふん、だがそうならば……別の手がある」
 王宮内ではコーデリアの味方も多く、直接的な手段は控えてきた。
 まぁ、隙のない女なので無理だったのだが。
 しかし王宮から離れたヴォルデなら、ここでは使えないような手も使える。
「お前が悪いんだ、コーデリア」
 ミスリルは公国の資源だ。王であるディルダが好きに奪ってよいはず。
 ディルダは身勝手にもそのようなことを考えていたのだった。
「メルダを呼べ」
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