捨てられ才女はどうやら繁栄の切り札だったようです~新生活を謳歌していたら、記憶チートで追放先が大発展していました~

26.悪王

 ディルダにはひとつ、コーデリアも知らない才能があった。
 それは魔獣を操ること。
 どれほど荒ぶる魔獣でもディルダのことを傷つけることはない。
『公国の家祖も同じような力を持っていたと言うが……それが我が子にも』
 公国の王族は生まれてすぐ魔獣に慣れる訓練を始める。
 それはラッセリア公国を背負う者には、魔獣に立ち向かう能力が必須だからだ。
 幼児の頃は小さな檻に入れられた虫の魔獣と接する。三歳頃になると檻越しに犬サイズの魔獣と――ディルダの才能が見つかったのは、この頃であった。
 ディルダは魔獣を恐れず、魔獣もディルダに敵意を見せない。それは特異な関係性だった。
 先王は数人の大臣とともに協議をした。
『この力を上手く使えば、公国は安泰かと』
『うむ……あいつの母は身体が弱い。しかしディルダは不憫ながら祝福を受けている……』
 ディルダの母は病気がちで表舞台に出る時間は限られていた。
 兄がいたがこちらは凡庸そうで、確固たる才能は感じられない。
『しかし……』
『陛下、何を悩まれているので?』
『この力は災いを招くのでは……。初代国王の時代は戦乱期だった。今とは比べものにならないほど魔獣が脅威の時代であった』
 公国は元々、人外魔境にも例えられる地だった。人と魔獣が相争い、天地を奪い合っていたのだ。その時代であればディルダの才能も大いに役立つだろう。
 だが、今の時代はそうではない。王族が最前線に立つわけでもないのだ。
 それより諸外国はディルダの才能を知ったら、どう思うであろうか。
 快く見守ってくれるのか、もしかすると身柄を奪い取ろうとするのでは……。
『最悪の場合、ディルダの命が危ういかもしれぬ。今は良くても、先々までディルダは安穏としていられるか』
『陛下……』
『ディルダは王族として生まれついた。この上、さらなる重荷まで背負わせたくない』
 先王の言葉に大臣たちも顔を伏せた。
『陛下の子を想う心、しかと受け止めました。しからばこのことは、ごく限られた者だけに』
 そうしてディルダは育てられた。ほとんど何不自由なく。
 しかし心の中では……自分は何かが違うと思っていた。魔獣は恐怖の対象ではない。
 富と力の源泉のように思えていた。
 対して兄は極めてありふれた人間だった。ディルダに対してそこそこの愛情をもって、生まれながらの補佐として扱う。
 普通の王族ならばそれで満足しただろう。不足があったわけではないのだから。
(俺はなぜ王になれないんだ?)
 ディルダは心の中に不満を募らせた。
 この才能と覇気があれば、もっと大きなことができるはず。
 その頃からカリダード帝国はさらに強大化しつつあった。
 国力差が年々広がるような状況にもディルダは嫌気が差していた。
(いつまで帝国と付き合わなければいけないんだ?)
 兄はことさらに帝国を恐れているようだった。
 あんな卑屈な態度は王の姿ではない。
 だが、仕方ないのだ。兄は結局、ディルダより早く生まれただけの凡人。
 ディルダのような選ばれた才能を持たない。
(俺が継ぐべきなんだ)
 兄は王にはふさわしくない。
 貴族も官僚も民も、最初に生まれたというだけで選んだだけだ。
 だから――ディルダは仕掛けた。ほんのちょっと王の資質にケチをつけてやろうと。
 その頃のディルダは自分の力を理解していた。音だ。
 ディルダの声の波が魔獣を催眠状態にして操るらしい。
 ディルダは手作りの鈴を兄に持たせた。それはディルダの声の周波数にやや似て、魔獣を呼び寄せる力がある。
 結果は……想像以上だった。兄はあっけなく死んだ。魔術師でもなく、抜きん出た武勇もない兄は魔獣に襲われて死んだ。
『これは運命だ。俺が王になるべきだったんだ』
 だからディルダは怖くない。魔獣が増えようと自分は傷つかないと知っている。
 民草が魔獣にあたふたするのも、ディルダは彼らが弱いからだとか思っていた。
 神に選ばれなかった連中に平伏する必要などないのだから。

「陛下、お呼び頂きましたか!?」
「おう、呼んだぞ」
 ディルダは歯を見せて笑った。
 メルダは首尾よくコーデリアを出し抜いてミスリルを手に入れた。
 今、もっとも信頼できる部下といってもいい。
「メルダ、新しい任務だ。喜べ」
「は、はい!」
「黒服と一緒に、少し魔獣に手を入れてこい」
「魔獣に……手を?」
「ああ、手を出せ」
 メルダがディルダの前に両腕を差し出す。
 執務室の引き出しからディルダはひとつの小さな布袋を取り出し、メルダへと手渡した。
 不思議な手触りの布袋だ。希少な魔獣の皮だろうか。
「中を開けて見てみろ」
 言われてメルダは皮袋を開ける。そこには小さな木製の鈴が入っていた。
 ディルダは楽器までも自作するが、そのひとつだろうか。
「これは……?」
「必要のない時は開けるなよ。危険な鈴だ」
「は、はい……でもどのような点がでしょうか?」
 見た目には単なる鈴だ。とても危険そうには見えない。
「その鈴は俺の切り札だ。魔獣を呼び込む」
「そ、そんな力が!?」
 メルダは驚愕した。作った鈴が魔獣を引き寄せるだなんて、おとぎ話にあるような力だ。
 でも、だからなのか。
 ディルダが王になったのは。運命が彼を選んだのだ。
「わかっているとは思うが、他言は無用だ」
「ええ、もちろん! ああ、これがあれば――」
 メルダは皮袋を胸元に抱きしめた。
 思ってもみなかった天恵。神はやはりメルダを選んでいた。
「コーデリアに一泡吹かせることもできます!」
「ほう、お前もあいつが嫌いか」
「はい! いつまでも偉そうにして……っ!」
 あの夜のことについて、メルダは誰にも言っていない。
 当然、同行していた黒服にも絶対に言うなと命じていた。
 思い出すだけで今も頭がクラクラするほどの出来事だ。
 ただ、直接的な方法でコーデリアに報復することはできない。
 結局のところ、メルダには兵も武力も知略もないのだから。
 だが、それが期せずして手に入った。
魔獣を呼び寄せる鈴――この力があればコーデリアに一泡吹かせられる。
「いいぞ、やはりお前は俺向きの女だ。黒服を使い、騒動を起こせ」
「やります! そ、それでどこで?」
「お前に任せる」
 途端にそう言われて、メルダは戸惑った。
 任せると言われても……どこから? どのように手をつければいいのか?
 ディルダの押し付け癖にメルダが口ごもる。
「どうした、何か案はないのか?」
「え、あっ……はい……とりあえず国内でちょっと騒動を起こそうかとは」
「その意図は?」
「ヴォルデだけを狙い撃つと、疑われるのでは……と」
 メルダがなんとか悪知恵を働かせる。
 学院でもこのような場はあった。あえて自分も巻き込むことで、加害者だとバレないようにするのだ。
「ヴォルデ周辺で騒動を起こせば、コーデリアのせいにできますよね?」
「おお、なるほどな。考えるじゃないか」
 ディルダから笑顔で撫でられるが、メルダは作り笑いしかできない。
 なぜならディルダの瞳はちっとも笑っていなかった。
 まだ値踏みされている、とメルダは確信した。
「悪くない。細かいところはお前に任せる。好きにやれ」
「は、はいっ!」
「ただ、ひとつだけ肝に命じろ。何かあったら、その鈴は必ず壊せ」
 ディルダの目が細まって声が低くなる。
「その鈴は貴重品だが、敵の手に渡るのは避けねばならん。周辺国に手がバレたら動きづらい」
「も、もちろん……そうですわね!」
 ディルダの言葉にメルダの背筋がやや寒くなる。
 コーデリアだけじゃないのか。周辺国全てに……同じことを?
 それは誰がやるのだろうか。
 それもメルダがやることになるのだろうか……?
「全てが終われば、お前こそ俺の妃だ」
 メルダは激しく頷きながら、皮袋を握った。
 この鈴こそが生命線。まだメルダの地位は安泰ではなさそうだった。
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