捨てられ才女はどうやら繁栄の切り札だったようです~新生活を謳歌していたら、記憶チートで追放先が大発展していました~
31.新しい朝
「んっ……」
ふかふかの座椅子で読書しながら気持ち良く寝てしまっていた。
手元には読みかけの本。
ぐーっと身体を伸ばして、肩を回す。最高の気分だ。
窓の外に目を向けると、葉がほのかに散って夜を舞っている。
部屋の中は暖かいが……静かな屋敷内と星々の位置を確かめる。
東の夜空に明るい星があるので、今は夜明け前か。あともう少しで朝になる。
「……いつもの時間に起きちゃったわね」
昨夜の晩餐は早めに終わった。
というのも色々と話しすぎてレオールの公務が押していたからだ。
私も頭が爆発しそうになっていたので、ちょうど良かったのだけれど。
それから寝支度を整え、私はレオールに用意された、この書庫兼寝室に籠もったのだ。
薄めの一冊、『ドリヴン探偵』第八巻を読めたのは幸運だった。
「今回も奇妙な事件だったわね」
ドリヴン探偵は帝国で刊行されている人気ミステリー小説だ。
この第八巻は一か月前に刊行された最新作である。
読みやすく、一冊辺りの分量も少ないので一気に読み終わりたい時に向いている。
「音で蛇を訓練できるものなのかしら? そこだけはちょっと疑問だけれど」
私の頭の中にある知識では、蛇には耳がなくて音が聞こえないはずだ。
まぁ、そこは創作としておこう。
その次に私が手に取っていたのは『国際統計録』だ。
これは図鑑並みに分厚いが様々な国の統計を集めて収録した本である。
もちろん最新の数字ではない。
集計に時間がかかるので、最高で五年ほど遅れている国もある。
だが、今のところこの本以上に網羅的な統計本がないので仕方ない。
「にしても帝国は本当に本が早いのねー」
この本はつい半月前に刊行され、まだ公国には一冊もない。
統計録の出版社は遥か数千キロも北にあるから当然ではあるけれど。
帝国はその出版社のスポンサーでもあるので、すぐ手に入っている。
まだ五分の一しか読めていないが、 それでも……公国部分の内容はあまり良くはない。
「公国はやはり遅れているのね」
人口、通貨の地位、輸出入金額などなど。
他の国が伸びていく中で、公国は停滞している――数値自体は一年前のものとしても。
だけど今はこの統計録の数値よりも悪くなっている。
ディルダはこんな統計なんて、自分を縛るものではないと言うだろう。
でも私たちはもっと広い視野と数値と情報で国を動かなくてはいけない……そう思うのに。
それでこの統計録を読んでいる最中に寝てしまい、目が覚めた。
これは習慣だった。
正妃だった頃は夜明け前に起きるのが当たり前で、ヴォルデでの生活も似たようなもの。
早すぎるかもだけど、仕事を考えるとこうなるしかなかった。
「……?」
ふと見ると窓の外に馬に乗ったレオールがいた。
外から屋敷の裏手に戻ってきたようだ。
こんな夜明け前に……?
私は織物を羽織り、屋敷の裏手に回った。
レオールは私を認めるとやや驚いた顔をした。
「起きていたのか?」
「いいえ、ぐっすり寝たわ。この時間に起きるのは習慣なだけよ」
「妃は楽じゃないな」
「あなたも……馬に乗っているじゃない」
「確かに、これも習慣だな。魔獣の襲来は時間を選ばん。いつの時間にも走らせるよう訓練と――俺自身も慣れておかなければ」
辺境伯も楽ではない。いや、これはレオールの責任感か。
「一走りして鉄道局へ向かった。何の問題もないそうで、今朝からは通常運行だ」
「……さすがね」
「俺が責任を持たなければいけないからな」
レオールの統べるエベラルド領の人口はラッセリア公国の人口を超える。
ある意味でレオールは王だ。
まぁ、本当に公国王の継承権も持っているのだけれど。
馬の背を撫でたレオールはいつになく優しく笑みを浮かべていた。
「よしよし、身体がよく伸びていたぞ」
馬のたてがみを整え、全身をくまなくチェックする。
なかなかの馬愛好家だ。私の体力はそこそこだけど運動神経は良くないので、乗馬もそこまで得意ではない。
薄雲と地平線からちょっとだけ暁の光が漏れ出す。
空が黄と白に染まり始める。
「……少し話すか」
私は頷き、レオールについていく。
屋敷の裏手から庭へと……前来た時と咲いている花が違う。
鮮やかな青色のサフランが朝の光を浴びつつあった。
空気がとても澄んでいる。
ふたりきりで花と草に満ちた裏庭を歩いていく。
「本当にいいの?」
それは色々な意味を含んだ言葉だった。
ディルダとの子どもはいないけれど、当然初婚ではない。
「本当なら……留学中の君に伝えたかった。婚約者がいなければ」
「そんな昔から!?……うーん。目をかけてもらえているとは思っていたけれど」
「私情は挟んでいない」
「でしょうね。全然わからなかったわ」
もしかしてレオールが二十代半ばでも結婚していなかったのは……考えすぎか。
「君が理由ではない」
「顔に出てた……?」
「少しな。エベラルド領は難しい土地だ。魔獣の発生率は帝国でも随一、加えて公国との関係もある……」
「まぁ、そうね。帝国官僚の中には西部の赴任を拒否する人もいるとか」
「事実だ。科学の力で魔獣討伐は格段に安全にはなったが、それでも危険なのは変わりない」
それは帝国の留学時代にも感じることが何度かあった。
『公国ってそんなに魔獣がいるの?』
『住んでいて大丈夫?』
これが公国のイメージなのだ。
「俺も辺境伯として魔獣と戦わねばならん。その運命を一緒に背負う相手はそう簡単には見つからなかった」
「なるほどね……。それなら私は適任だわ」
そこでレオールの右手が私の手に触れ、持ち上げてくる。
私とは違う大きな日焼けした男性の手だ。手の甲の左側に薄い傷跡が走っている。
それは過去、魔獣と戦った時のものだ。
レオールの体温が私に流れ込んでくる。
「……温かいわ」
「ああ」
なぜかはわからないけれど、手が触れて気持ちもさらに繋がった気がした。
「どうしてかしら。あなたのことは前から信じることができるの」
「似た運命を背負っているからだろうな」
「同じように向き合っているからね」
その言葉は私の中ですんなりと納得できた。
レオールの言う通りだ。魔獣多き国でお互いに責務を負っている。
私は……ずっと人を愛することはできないと思っていた。
責務と切り離して人を見ることができないから。
でもレオールは責務とひとつになっている。
こういう人と一緒にいれば、私もきっと心から幸せを感じることができるんだろうな。
ふかふかの座椅子で読書しながら気持ち良く寝てしまっていた。
手元には読みかけの本。
ぐーっと身体を伸ばして、肩を回す。最高の気分だ。
窓の外に目を向けると、葉がほのかに散って夜を舞っている。
部屋の中は暖かいが……静かな屋敷内と星々の位置を確かめる。
東の夜空に明るい星があるので、今は夜明け前か。あともう少しで朝になる。
「……いつもの時間に起きちゃったわね」
昨夜の晩餐は早めに終わった。
というのも色々と話しすぎてレオールの公務が押していたからだ。
私も頭が爆発しそうになっていたので、ちょうど良かったのだけれど。
それから寝支度を整え、私はレオールに用意された、この書庫兼寝室に籠もったのだ。
薄めの一冊、『ドリヴン探偵』第八巻を読めたのは幸運だった。
「今回も奇妙な事件だったわね」
ドリヴン探偵は帝国で刊行されている人気ミステリー小説だ。
この第八巻は一か月前に刊行された最新作である。
読みやすく、一冊辺りの分量も少ないので一気に読み終わりたい時に向いている。
「音で蛇を訓練できるものなのかしら? そこだけはちょっと疑問だけれど」
私の頭の中にある知識では、蛇には耳がなくて音が聞こえないはずだ。
まぁ、そこは創作としておこう。
その次に私が手に取っていたのは『国際統計録』だ。
これは図鑑並みに分厚いが様々な国の統計を集めて収録した本である。
もちろん最新の数字ではない。
集計に時間がかかるので、最高で五年ほど遅れている国もある。
だが、今のところこの本以上に網羅的な統計本がないので仕方ない。
「にしても帝国は本当に本が早いのねー」
この本はつい半月前に刊行され、まだ公国には一冊もない。
統計録の出版社は遥か数千キロも北にあるから当然ではあるけれど。
帝国はその出版社のスポンサーでもあるので、すぐ手に入っている。
まだ五分の一しか読めていないが、 それでも……公国部分の内容はあまり良くはない。
「公国はやはり遅れているのね」
人口、通貨の地位、輸出入金額などなど。
他の国が伸びていく中で、公国は停滞している――数値自体は一年前のものとしても。
だけど今はこの統計録の数値よりも悪くなっている。
ディルダはこんな統計なんて、自分を縛るものではないと言うだろう。
でも私たちはもっと広い視野と数値と情報で国を動かなくてはいけない……そう思うのに。
それでこの統計録を読んでいる最中に寝てしまい、目が覚めた。
これは習慣だった。
正妃だった頃は夜明け前に起きるのが当たり前で、ヴォルデでの生活も似たようなもの。
早すぎるかもだけど、仕事を考えるとこうなるしかなかった。
「……?」
ふと見ると窓の外に馬に乗ったレオールがいた。
外から屋敷の裏手に戻ってきたようだ。
こんな夜明け前に……?
私は織物を羽織り、屋敷の裏手に回った。
レオールは私を認めるとやや驚いた顔をした。
「起きていたのか?」
「いいえ、ぐっすり寝たわ。この時間に起きるのは習慣なだけよ」
「妃は楽じゃないな」
「あなたも……馬に乗っているじゃない」
「確かに、これも習慣だな。魔獣の襲来は時間を選ばん。いつの時間にも走らせるよう訓練と――俺自身も慣れておかなければ」
辺境伯も楽ではない。いや、これはレオールの責任感か。
「一走りして鉄道局へ向かった。何の問題もないそうで、今朝からは通常運行だ」
「……さすがね」
「俺が責任を持たなければいけないからな」
レオールの統べるエベラルド領の人口はラッセリア公国の人口を超える。
ある意味でレオールは王だ。
まぁ、本当に公国王の継承権も持っているのだけれど。
馬の背を撫でたレオールはいつになく優しく笑みを浮かべていた。
「よしよし、身体がよく伸びていたぞ」
馬のたてがみを整え、全身をくまなくチェックする。
なかなかの馬愛好家だ。私の体力はそこそこだけど運動神経は良くないので、乗馬もそこまで得意ではない。
薄雲と地平線からちょっとだけ暁の光が漏れ出す。
空が黄と白に染まり始める。
「……少し話すか」
私は頷き、レオールについていく。
屋敷の裏手から庭へと……前来た時と咲いている花が違う。
鮮やかな青色のサフランが朝の光を浴びつつあった。
空気がとても澄んでいる。
ふたりきりで花と草に満ちた裏庭を歩いていく。
「本当にいいの?」
それは色々な意味を含んだ言葉だった。
ディルダとの子どもはいないけれど、当然初婚ではない。
「本当なら……留学中の君に伝えたかった。婚約者がいなければ」
「そんな昔から!?……うーん。目をかけてもらえているとは思っていたけれど」
「私情は挟んでいない」
「でしょうね。全然わからなかったわ」
もしかしてレオールが二十代半ばでも結婚していなかったのは……考えすぎか。
「君が理由ではない」
「顔に出てた……?」
「少しな。エベラルド領は難しい土地だ。魔獣の発生率は帝国でも随一、加えて公国との関係もある……」
「まぁ、そうね。帝国官僚の中には西部の赴任を拒否する人もいるとか」
「事実だ。科学の力で魔獣討伐は格段に安全にはなったが、それでも危険なのは変わりない」
それは帝国の留学時代にも感じることが何度かあった。
『公国ってそんなに魔獣がいるの?』
『住んでいて大丈夫?』
これが公国のイメージなのだ。
「俺も辺境伯として魔獣と戦わねばならん。その運命を一緒に背負う相手はそう簡単には見つからなかった」
「なるほどね……。それなら私は適任だわ」
そこでレオールの右手が私の手に触れ、持ち上げてくる。
私とは違う大きな日焼けした男性の手だ。手の甲の左側に薄い傷跡が走っている。
それは過去、魔獣と戦った時のものだ。
レオールの体温が私に流れ込んでくる。
「……温かいわ」
「ああ」
なぜかはわからないけれど、手が触れて気持ちもさらに繋がった気がした。
「どうしてかしら。あなたのことは前から信じることができるの」
「似た運命を背負っているからだろうな」
「同じように向き合っているからね」
その言葉は私の中ですんなりと納得できた。
レオールの言う通りだ。魔獣多き国でお互いに責務を負っている。
私は……ずっと人を愛することはできないと思っていた。
責務と切り離して人を見ることができないから。
でもレオールは責務とひとつになっている。
こういう人と一緒にいれば、私もきっと心から幸せを感じることができるんだろうな。