捨てられ才女はどうやら繁栄の切り札だったようです~新生活を謳歌していたら、記憶チートで追放先が大発展していました~
8.ヴォルデの思い
トルドたちはそのまま人を集めて本格的な採掘に従事するとのこと。
ある程度の規模になるまで多少の日数はかかるだろう。
翌日、私は精錬施設へと向かった。
鉱山から南に精錬施設はある。ちょうど鉱山と私の屋敷の間くらいか……。
施設は簡易な建材で作られていて、尖塔が空を突く。
「資料にある通りね」
「この施設を復旧させるのですか?」
建材はかなりボロボロで、敷地の外から見るだけでも屋根に穴が空いていそうな……。
「さすがにそれは無理よ。それより駅の近くに心臓部を移しましょう」
「ええっ!? かなりの大工事ですね」
「でもそのほうが効率的よ。どうせミスリルはよそに買ってもらわないといけないし」
計算した書類を取り出し、ふむふむと再確認する。
鉱山からの道を整備して施設まで運び、そこから精錬してヴォルデの外に輸出するのだ。
当面の資金はレオールから借りられたので、それらを全力投入して精錬施設への道筋をつける。精錬施設の要は魔力を扱う大釜だ。複数の釜を使い、ミスリルは精錬される。
今までならこの移動も一苦労。だが、今なら蒸気機関車で運ぶことができる。
コントロールが難しく荷物しか運べないが、小さな蒸気機関車ならうってつけだ。
公国では非常に希少だが、エベラルド領にも存在する。
これらを借りる協定も済ませているので、鉄道から運んでもらえればすぐに作業できる。
蒸気機関車をここまで運んで、それで大釜を移す。
ヴォルデ自体の作業は一日で終わるはずだ。
(これも技術の恩恵ね)
馬車自体も進歩して、より重くより大きい荷を運べるようになっている。
(よしよし……!)
蒸気機関車はエベラルド領からすぐに到着して、作業が始まった。
輸送学で学んだ通り、大釜を移して簡易な工場を駅の近くに作る。
ちなみに工事も私の予想を遥かに上回る速度で進んだ。
「突然の工事だから、人手が集まらないかと思ったけれど……」
「現地の方々が非常にやる気ですね!」
鉱石が再度見つかったということで、ヴォルデ全体にやる気が戻ってきている。
集まるかどうかわからなかった工事には、列に並んでまで働こうという人であふれているのだ。私が来たことに白けていたヴォルデではなくなっている。
「よし……っ!」
労働者の管理統率と資材調達なら、お手の物。散々王宮でやってきたから。
書類を整えてささっと片付けていくと、私の様子に帝国の専門家たちが驚いていた。
「コーデリア殿下は本当に書類を忘れられないのか」
「ううむ、帝国官僚にもこのような方はおられん……」
さすがにこれで調子に乗ることはないけれど。でも来てもらった他国の方々、ついてきてくれる現地の住民に恥じない仕事はしていきたい。
新しい精錬施設にしても建築材は当面使いまわしでもいい。
蒸気機関車も活用し、急ピッチで作業が進む。
同時に採掘も順調であるようだ。日々、採掘量が報告されてくる。
一週間ほどで精錬施設も形になった。
本当は今年中になんとかなれば……と思っていたが、かなり速く形になってくれた。
施設の開業日も大急ぎで設定し、ヴォルデの期待に応えられるようにする。
そしてあっという間に夏のよく晴れた、暖かい風が吹く日に精錬施設は開業した。
突貫工事だが安全性は担保されている。外壁のつぎはぎ加減は……追々なんとかしよう。
それでも数十年振りに開業した精錬施設だ。
施設は大賑わい。ヴォルデの各地から人が集まってくれた。
「これも皆のおかげよ!」
公国特産のパン、ヴォルデ産の牛肉、ビールを振る舞う。
これらのお金も帝国から借りたものだ。いずれミスリルでちゃんと返すから……!
一杯やりたい気分ではあるが、そこは控えておく。ヴォルデに来てから私は禁酒していた。
まぁ、そこまで酒を飲みたい性質ではないのだけれど、なんとなく憚られるのだ。
トルドたちは本当に感慨深く精錬施設を見上げた。
「また釜に熱が戻ろうとは……!」
もう少しで施設の大釜が稼働し、鉱石を溶かしてミスリルを取り出す。
それらを冷やして、さらに純度が必要なら高熱で溶解させてを繰り返す。
そのための複数の大釜だ。そこに火が入る。
「コーデリア様、今回の開業は住民を代表して厚く感謝申し上げたい」
「いいえ、ここまで進んだのもあなた方のおかげよ。ルーインから聞いているわ。鉱業に携わっていた方々を呼び戻し、採掘も前進させてくれたと」
何十もの木箱に精錬を待つ鉱石が置かれている。
これらはヴォルデの希望であり、民の汗の結晶だ。
トルドの手はかすかに汚れていた。それは土と岩に向き合った汚れだ。そうでなければ鉱石を掘り起こすことはできないのだから。
「コーデリア様が帝国と協力されたおかげです。まさにコーデリア様の知恵と行動の成果かと」
「ありがとう。私も嬉しく思うわ」
「それで、しかしとても差し出がましいながら……ええと……」
トルドが口ごもる。
私は察した。何か言いにくいことがあるのだ。
「差し出がましいことなんてないわ。仰って」
「……ううむ、ミスリルについてなのですが……精錬されたミスリルはどこへ向かうのでしょう? やはり王都にですか」
「えっ?」
「聞けばヴォルデ山脈に魔獣が増えたのも、今の王様――いえ、政府からだとか。ヴォルデは放っておかれたように思います。それを今さら、また良いところは王都のものなのでしょうか」
私はヴォルデの歴史書を思い出していた。
なぜヴォルデに鉱山が多かったのか?
それはヴォルデが流刑地だけでなく、犯罪者の収容地も兼ねていたからだ。
五百年前、まだラッセリア公国の独立からさほど年月の経っていない頃。公国政府は捕らえた犯罪者をヴォルデに送り、鉱山開発に従事させていた。
ヴォルデは盆地で細い東西の道しかない。天然の牢獄としても好都合だったのだ。
二百年ほど前の世界的な戦乱期には犯罪者だけでなく流れ者など、住所不定の者たちも捕らえてヴォルデへと送った。
八十年ほど前から公国の機構も整備され、ヴォルデは流刑地としての役割を終えたのだけれど。近年送られるのは王都での政争に敗れた人だけのはずだ。
(私もそのひとり……)
今、ヴォルデに住まう人たちには何ら罪はない。
だが、住民の感情にはしこりが残っている――ということか。
私は静かに目を伏せた。今の私には理解できる。かつての鉱業は刑罰でもあった。でもそこから生み出される物はヴォルデの誇りでもあったのだ。
せっかく鉱業と誇りを取り戻せてもまた中央に吸い取られる。
それはやはり納得しがたいのだろう。
「大丈夫よ。そうはさせないわ」
「コーデリア様……」
「隣接するエベラルド辺境伯とは話ができています。ヴォルデから産出したミスリルはしかるべき値で帝国が買い取るわ。公国の他の地域には輸出しません」
「おおっ! なんと……!」
「公国の中央へも働きかけを考えております。ヴォルデの未来が明るくなるために」
これは本心だ。王妃だった私がここに来たのは、運命としか思えない。
トルドは私の言葉に何度も頷き、人の輪へと戻っていった。
彼の顔は晴々として、満足しているようだった。
精錬施設から熱気が漏れ出し、尖塔から煙が噴き出す。
「ようし! じゃんじゃん精錬するぞぉ!」
「おおっ! 釜の火を燃やせ、もっと熱く!」
住民の掛け声を聞きながら、ルーインも感慨にふけっていた。
「ヴォルデの皆さんが政府にああいう想いを抱いているとは……」
「こういう場に来て、腹を割らないと聞けない話ね」
「難しいですね」
「そうよ、でも懐に飛び込めば普通ではできないこともできるわ」
今回のことはルーインにとっても見て学ぶいい機会になったと思う。
それから夜までささやかな宴は続き、鉱石から精錬されたミスリルが排出された。
最初のミスリルの延べ棒が完成して、私とルーインはそれに立ち会う。
「どうぞご確認くだされ」
鉄製の箱にミスリルの延べ棒がセットされ、恭しく運ばれてきた。
「とても綺麗ね」
金属の光沢と青色の魔力が組み合わさり、淡く発光している。
ミスリルの放つ光は揺れ動き、海に波が広がるようであった。
見ていると吸い込まれそうなほど青く、清い。高品質の証拠だ。
この美しさは絵画や言葉では言い尽くせない。実物あってのものだ。
もう熱はないとのことで、手に持ってみる。
ずしりと重い。手のひらと指には魔力が伝わってくる。
でも不快ではない。穏やかな湖面に似た、静寂だ。
触れているだけで大地の息吹を感じられる。
「ありがとう。とても良いわ」
「光栄にございます……!」
金属箱にミスリルの延べ棒を返す。
その日は遅くまで人が絶えることがなく、私が屋敷に戻ったのは明け方近くであった。
ある程度の規模になるまで多少の日数はかかるだろう。
翌日、私は精錬施設へと向かった。
鉱山から南に精錬施設はある。ちょうど鉱山と私の屋敷の間くらいか……。
施設は簡易な建材で作られていて、尖塔が空を突く。
「資料にある通りね」
「この施設を復旧させるのですか?」
建材はかなりボロボロで、敷地の外から見るだけでも屋根に穴が空いていそうな……。
「さすがにそれは無理よ。それより駅の近くに心臓部を移しましょう」
「ええっ!? かなりの大工事ですね」
「でもそのほうが効率的よ。どうせミスリルはよそに買ってもらわないといけないし」
計算した書類を取り出し、ふむふむと再確認する。
鉱山からの道を整備して施設まで運び、そこから精錬してヴォルデの外に輸出するのだ。
当面の資金はレオールから借りられたので、それらを全力投入して精錬施設への道筋をつける。精錬施設の要は魔力を扱う大釜だ。複数の釜を使い、ミスリルは精錬される。
今までならこの移動も一苦労。だが、今なら蒸気機関車で運ぶことができる。
コントロールが難しく荷物しか運べないが、小さな蒸気機関車ならうってつけだ。
公国では非常に希少だが、エベラルド領にも存在する。
これらを借りる協定も済ませているので、鉄道から運んでもらえればすぐに作業できる。
蒸気機関車をここまで運んで、それで大釜を移す。
ヴォルデ自体の作業は一日で終わるはずだ。
(これも技術の恩恵ね)
馬車自体も進歩して、より重くより大きい荷を運べるようになっている。
(よしよし……!)
蒸気機関車はエベラルド領からすぐに到着して、作業が始まった。
輸送学で学んだ通り、大釜を移して簡易な工場を駅の近くに作る。
ちなみに工事も私の予想を遥かに上回る速度で進んだ。
「突然の工事だから、人手が集まらないかと思ったけれど……」
「現地の方々が非常にやる気ですね!」
鉱石が再度見つかったということで、ヴォルデ全体にやる気が戻ってきている。
集まるかどうかわからなかった工事には、列に並んでまで働こうという人であふれているのだ。私が来たことに白けていたヴォルデではなくなっている。
「よし……っ!」
労働者の管理統率と資材調達なら、お手の物。散々王宮でやってきたから。
書類を整えてささっと片付けていくと、私の様子に帝国の専門家たちが驚いていた。
「コーデリア殿下は本当に書類を忘れられないのか」
「ううむ、帝国官僚にもこのような方はおられん……」
さすがにこれで調子に乗ることはないけれど。でも来てもらった他国の方々、ついてきてくれる現地の住民に恥じない仕事はしていきたい。
新しい精錬施設にしても建築材は当面使いまわしでもいい。
蒸気機関車も活用し、急ピッチで作業が進む。
同時に採掘も順調であるようだ。日々、採掘量が報告されてくる。
一週間ほどで精錬施設も形になった。
本当は今年中になんとかなれば……と思っていたが、かなり速く形になってくれた。
施設の開業日も大急ぎで設定し、ヴォルデの期待に応えられるようにする。
そしてあっという間に夏のよく晴れた、暖かい風が吹く日に精錬施設は開業した。
突貫工事だが安全性は担保されている。外壁のつぎはぎ加減は……追々なんとかしよう。
それでも数十年振りに開業した精錬施設だ。
施設は大賑わい。ヴォルデの各地から人が集まってくれた。
「これも皆のおかげよ!」
公国特産のパン、ヴォルデ産の牛肉、ビールを振る舞う。
これらのお金も帝国から借りたものだ。いずれミスリルでちゃんと返すから……!
一杯やりたい気分ではあるが、そこは控えておく。ヴォルデに来てから私は禁酒していた。
まぁ、そこまで酒を飲みたい性質ではないのだけれど、なんとなく憚られるのだ。
トルドたちは本当に感慨深く精錬施設を見上げた。
「また釜に熱が戻ろうとは……!」
もう少しで施設の大釜が稼働し、鉱石を溶かしてミスリルを取り出す。
それらを冷やして、さらに純度が必要なら高熱で溶解させてを繰り返す。
そのための複数の大釜だ。そこに火が入る。
「コーデリア様、今回の開業は住民を代表して厚く感謝申し上げたい」
「いいえ、ここまで進んだのもあなた方のおかげよ。ルーインから聞いているわ。鉱業に携わっていた方々を呼び戻し、採掘も前進させてくれたと」
何十もの木箱に精錬を待つ鉱石が置かれている。
これらはヴォルデの希望であり、民の汗の結晶だ。
トルドの手はかすかに汚れていた。それは土と岩に向き合った汚れだ。そうでなければ鉱石を掘り起こすことはできないのだから。
「コーデリア様が帝国と協力されたおかげです。まさにコーデリア様の知恵と行動の成果かと」
「ありがとう。私も嬉しく思うわ」
「それで、しかしとても差し出がましいながら……ええと……」
トルドが口ごもる。
私は察した。何か言いにくいことがあるのだ。
「差し出がましいことなんてないわ。仰って」
「……ううむ、ミスリルについてなのですが……精錬されたミスリルはどこへ向かうのでしょう? やはり王都にですか」
「えっ?」
「聞けばヴォルデ山脈に魔獣が増えたのも、今の王様――いえ、政府からだとか。ヴォルデは放っておかれたように思います。それを今さら、また良いところは王都のものなのでしょうか」
私はヴォルデの歴史書を思い出していた。
なぜヴォルデに鉱山が多かったのか?
それはヴォルデが流刑地だけでなく、犯罪者の収容地も兼ねていたからだ。
五百年前、まだラッセリア公国の独立からさほど年月の経っていない頃。公国政府は捕らえた犯罪者をヴォルデに送り、鉱山開発に従事させていた。
ヴォルデは盆地で細い東西の道しかない。天然の牢獄としても好都合だったのだ。
二百年ほど前の世界的な戦乱期には犯罪者だけでなく流れ者など、住所不定の者たちも捕らえてヴォルデへと送った。
八十年ほど前から公国の機構も整備され、ヴォルデは流刑地としての役割を終えたのだけれど。近年送られるのは王都での政争に敗れた人だけのはずだ。
(私もそのひとり……)
今、ヴォルデに住まう人たちには何ら罪はない。
だが、住民の感情にはしこりが残っている――ということか。
私は静かに目を伏せた。今の私には理解できる。かつての鉱業は刑罰でもあった。でもそこから生み出される物はヴォルデの誇りでもあったのだ。
せっかく鉱業と誇りを取り戻せてもまた中央に吸い取られる。
それはやはり納得しがたいのだろう。
「大丈夫よ。そうはさせないわ」
「コーデリア様……」
「隣接するエベラルド辺境伯とは話ができています。ヴォルデから産出したミスリルはしかるべき値で帝国が買い取るわ。公国の他の地域には輸出しません」
「おおっ! なんと……!」
「公国の中央へも働きかけを考えております。ヴォルデの未来が明るくなるために」
これは本心だ。王妃だった私がここに来たのは、運命としか思えない。
トルドは私の言葉に何度も頷き、人の輪へと戻っていった。
彼の顔は晴々として、満足しているようだった。
精錬施設から熱気が漏れ出し、尖塔から煙が噴き出す。
「ようし! じゃんじゃん精錬するぞぉ!」
「おおっ! 釜の火を燃やせ、もっと熱く!」
住民の掛け声を聞きながら、ルーインも感慨にふけっていた。
「ヴォルデの皆さんが政府にああいう想いを抱いているとは……」
「こういう場に来て、腹を割らないと聞けない話ね」
「難しいですね」
「そうよ、でも懐に飛び込めば普通ではできないこともできるわ」
今回のことはルーインにとっても見て学ぶいい機会になったと思う。
それから夜までささやかな宴は続き、鉱石から精錬されたミスリルが排出された。
最初のミスリルの延べ棒が完成して、私とルーインはそれに立ち会う。
「どうぞご確認くだされ」
鉄製の箱にミスリルの延べ棒がセットされ、恭しく運ばれてきた。
「とても綺麗ね」
金属の光沢と青色の魔力が組み合わさり、淡く発光している。
ミスリルの放つ光は揺れ動き、海に波が広がるようであった。
見ていると吸い込まれそうなほど青く、清い。高品質の証拠だ。
この美しさは絵画や言葉では言い尽くせない。実物あってのものだ。
もう熱はないとのことで、手に持ってみる。
ずしりと重い。手のひらと指には魔力が伝わってくる。
でも不快ではない。穏やかな湖面に似た、静寂だ。
触れているだけで大地の息吹を感じられる。
「ありがとう。とても良いわ」
「光栄にございます……!」
金属箱にミスリルの延べ棒を返す。
その日は遅くまで人が絶えることがなく、私が屋敷に戻ったのは明け方近くであった。