紫陽花の短編集物語#2
神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す
第1話 春のある日、午後三時きっかり。
伊織は、学校の裏山に忘れ物を取りに向かう途中で、ふと足を止める。
鳥居の先に咲き乱れる、ありえないほど美しい“満開の桜”。
その空間だけ、時間が止まったように静かだった。
そして、桜の花びらの中で立っていた少女。
彼女は、白く透けるワンピースの裾を揺らして、静かに言った。
「ようこそ、“ここ”へ。
あなたが、今春の迷い人なの?」
名前を訊くと、彼女は笑ってこう言った。
「柚希って呼ばれてた頃があった。
でもたぶん、あなたが想ってくれたら――
本当のわたしに戻れるのかもしれない。
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第2話 裏山での、午後二時を過ぎた頃
その空間で流れる時間は、現実とは違っていた。
柚希との会話は、まるで夢のようで。
笑った顔も、指先が揺れる仕草も、輪郭がぼんやりしているのに、
なぜか伊織の胸の奥にだけ深く刻まれていった。
「もし、外の世界に戻ったとしても、
わたしのこと、思い出してくれる?」
伊織が何かを答えようとしたとき、桜が風に舞って――
景色が、ふっと切り替わった。
気がつくと、裏山にひとりきり。
時計は午後三時を、わずかに過ぎたばかりだった。
でもその胸には、
初めて会ったはずの“誰か”を想う懐かしさが、確かに残っていた。
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第3話 忘れないまま、春が巡ってくる。
あの日の午後三時から、一年が経った。
高校2年になった伊織は、何気ない春の空気の中で、ふと“花びらが舞う景色”に立ち止まることが増えた。
自分でも理由がわからない。
けれど――時折、胸の奥がふわっとあたたかくなる。
「想ってくれたら、本当のわたしに戻れるかもしれない」
桜の中で微笑んだ“あの子”の声が、ふと耳に蘇る。
名前は……思い出せない。けれど、忘れてはいない気がした。
そして、ある春の放課後――
校門の前で友人と別れ、なんとなく裏山の方に歩いた伊織は、
ふと、風に運ばれた桜の花びらを一枚、キャッチした。
その瞬間、頭に“声”がよぎる。
「会いたい、って思ってくれてたよね?」
びっくりして振り返ったが、誰もいない。
でも風の中に、ほんの少しだけ懐かしい香りが混ざっていた。
あの日、境界を越えた桜の道で感じた、あの空気。
伊織は思わずつぶやく。
「……柚希」
口に出した瞬間、心が震えた。名前が、ちゃんと残っていた。
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第4話 夢or現実
その夜、夢のなか――
満開の桜の下に立つ少女。
そして伊織の手を取り、そっとこう言う。
「思い出してくれて、ありがとう」
「でも、まだわたし、ちゃんと生きてないんだよ」
「“本当に好きになってもらえたとき”、初めてここから出られるの」
目覚めたあとも、その言葉は胸に残っていた。
これは夢なのか、それとも――
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第5話 この胸のなかに、確かにあなたがいた
それは春の午後、帰り道の交差点。
ふと通りかかった書店の前、立ち読みする誰かの背中が目に入った。
桜色のスカート。風にふわりと揺れる髪。
目が離せなかった。
伊織「……柚希?」
その名前を呼んだとたん、彼女は振り向いた。
けれど目が合った瞬間、彼女の表情がふっとにじむ。
柚希「……わたし、そこにいてよかったのかな」
伊織「柚希…だよね? ちゃんと、ここにいるんだよね」
柚希「伊織くんの“想い”が呼んでくれたの。だからほんの少しだけ、この街に降りられた」
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第6話 あなたと交わした約束
ふたりは並んで歩く。桜並木の午後。
話していると、柚希はまるで“この世界の人”のようだった。
でもふとした瞬間に、透明な風の中へ溶けてしまいそうで――
伊織は、つぶやくように言った。
伊織「……もういなくならないでよ」
柚希「わたしも、ほんとはいなくなりたくない。でも――」
柚希「“想い”って、いつも一方通行でしょ。
だけどね、伊織くん、わたしのことを“また会いたい”って思ってくれた。
それが奇跡だったの」
伊織は立ち止まって、まっすぐに言った。
「会いたいとかじゃない。ずっと、忘れられなかったんだよ。
忘れてたつもりでも、どこかで“探してた”んだ。」
柚希は泣きそうな顔で、でもやさしく笑った。
その日、帰り際に交わした約束
柚希「あと一度だけ、春が来たら…わたしに“また、会いにきて”」
伊織「約束する。来年の春も、絶対にお前の名前を忘れない」
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第7話 名前を呼んだ、その瞬間に春がほどけた。
三年生の春、卒業式を終えた午後三時。
伊織は、裏山の鳥居の前に立っていた。
あれから毎年この日、彼はここを訪れている。
でも今年は――柚希との「最後の約束」の年だった。
鳥居の向こうは、まるで空気がちがった。
風がやわらかく、桜の花びらが静かに舞う。
ゆっくりと歩みを進めた先、
あの日と同じ桜の下に、彼女はいた。
柚希「……やっと来てくれた」
伊織「遅くなって、ごめん」
柚希「ううん。ちゃんと約束、守ってくれた」
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第8話 あなたが好きで、大好きで。
ふたりは、もう逃げなかった。
柚希は微笑みながらも、手を強く握った。
柚希「今日が、わたしが“存在できる最後の日”なの」
柚希「もし、伊織くんがわたしを“幻”じゃなく、“ひとりの女の子”として好きだと思ってくれたら…
この場所に、名前としてじゃなく“人”として残れるの」
伊織は、まっすぐに彼女を見つめた。
胸の奥から、あふれ出す想いはもう言い訳も迷いもいらなかった。
「俺、お前がどこの世界の存在でも関係ない。
幻でも、記憶でも、ただ一度きりの奇跡でも――
柚希、お前が好きだよ。ここに生きてるって思ってる。」
その瞬間、桜が一斉に舞った。
世界が淡くほどけて、光に包まれていく――
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
最終話 永遠の記憶
次に伊織が目を開けたとき、鳥居の向こうには春の陽射しと、制服の女の子が立っていた。
柚希「……やっと、となりに立てた」
伊織「えっ……本当に、ここにいるの……?」
柚希「うん。“好きだ”って気持ちは、幻よりも強かったみたい」
伊織の目に涙が浮かぶ。
何年も、声の届かない場所にいた誰かに、ついに届いた瞬間だった。
桜はただ咲いて、散っていく。
でもふたりの記憶には、今年の春だけが“永遠”として刻まれた。
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す 完結】
伊織は、学校の裏山に忘れ物を取りに向かう途中で、ふと足を止める。
鳥居の先に咲き乱れる、ありえないほど美しい“満開の桜”。
その空間だけ、時間が止まったように静かだった。
そして、桜の花びらの中で立っていた少女。
彼女は、白く透けるワンピースの裾を揺らして、静かに言った。
「ようこそ、“ここ”へ。
あなたが、今春の迷い人なの?」
名前を訊くと、彼女は笑ってこう言った。
「柚希って呼ばれてた頃があった。
でもたぶん、あなたが想ってくれたら――
本当のわたしに戻れるのかもしれない。
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第2話 裏山での、午後二時を過ぎた頃
その空間で流れる時間は、現実とは違っていた。
柚希との会話は、まるで夢のようで。
笑った顔も、指先が揺れる仕草も、輪郭がぼんやりしているのに、
なぜか伊織の胸の奥にだけ深く刻まれていった。
「もし、外の世界に戻ったとしても、
わたしのこと、思い出してくれる?」
伊織が何かを答えようとしたとき、桜が風に舞って――
景色が、ふっと切り替わった。
気がつくと、裏山にひとりきり。
時計は午後三時を、わずかに過ぎたばかりだった。
でもその胸には、
初めて会ったはずの“誰か”を想う懐かしさが、確かに残っていた。
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第3話 忘れないまま、春が巡ってくる。
あの日の午後三時から、一年が経った。
高校2年になった伊織は、何気ない春の空気の中で、ふと“花びらが舞う景色”に立ち止まることが増えた。
自分でも理由がわからない。
けれど――時折、胸の奥がふわっとあたたかくなる。
「想ってくれたら、本当のわたしに戻れるかもしれない」
桜の中で微笑んだ“あの子”の声が、ふと耳に蘇る。
名前は……思い出せない。けれど、忘れてはいない気がした。
そして、ある春の放課後――
校門の前で友人と別れ、なんとなく裏山の方に歩いた伊織は、
ふと、風に運ばれた桜の花びらを一枚、キャッチした。
その瞬間、頭に“声”がよぎる。
「会いたい、って思ってくれてたよね?」
びっくりして振り返ったが、誰もいない。
でも風の中に、ほんの少しだけ懐かしい香りが混ざっていた。
あの日、境界を越えた桜の道で感じた、あの空気。
伊織は思わずつぶやく。
「……柚希」
口に出した瞬間、心が震えた。名前が、ちゃんと残っていた。
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第4話 夢or現実
その夜、夢のなか――
満開の桜の下に立つ少女。
そして伊織の手を取り、そっとこう言う。
「思い出してくれて、ありがとう」
「でも、まだわたし、ちゃんと生きてないんだよ」
「“本当に好きになってもらえたとき”、初めてここから出られるの」
目覚めたあとも、その言葉は胸に残っていた。
これは夢なのか、それとも――
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第5話 この胸のなかに、確かにあなたがいた
それは春の午後、帰り道の交差点。
ふと通りかかった書店の前、立ち読みする誰かの背中が目に入った。
桜色のスカート。風にふわりと揺れる髪。
目が離せなかった。
伊織「……柚希?」
その名前を呼んだとたん、彼女は振り向いた。
けれど目が合った瞬間、彼女の表情がふっとにじむ。
柚希「……わたし、そこにいてよかったのかな」
伊織「柚希…だよね? ちゃんと、ここにいるんだよね」
柚希「伊織くんの“想い”が呼んでくれたの。だからほんの少しだけ、この街に降りられた」
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第6話 あなたと交わした約束
ふたりは並んで歩く。桜並木の午後。
話していると、柚希はまるで“この世界の人”のようだった。
でもふとした瞬間に、透明な風の中へ溶けてしまいそうで――
伊織は、つぶやくように言った。
伊織「……もういなくならないでよ」
柚希「わたしも、ほんとはいなくなりたくない。でも――」
柚希「“想い”って、いつも一方通行でしょ。
だけどね、伊織くん、わたしのことを“また会いたい”って思ってくれた。
それが奇跡だったの」
伊織は立ち止まって、まっすぐに言った。
「会いたいとかじゃない。ずっと、忘れられなかったんだよ。
忘れてたつもりでも、どこかで“探してた”んだ。」
柚希は泣きそうな顔で、でもやさしく笑った。
その日、帰り際に交わした約束
柚希「あと一度だけ、春が来たら…わたしに“また、会いにきて”」
伊織「約束する。来年の春も、絶対にお前の名前を忘れない」
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第7話 名前を呼んだ、その瞬間に春がほどけた。
三年生の春、卒業式を終えた午後三時。
伊織は、裏山の鳥居の前に立っていた。
あれから毎年この日、彼はここを訪れている。
でも今年は――柚希との「最後の約束」の年だった。
鳥居の向こうは、まるで空気がちがった。
風がやわらかく、桜の花びらが静かに舞う。
ゆっくりと歩みを進めた先、
あの日と同じ桜の下に、彼女はいた。
柚希「……やっと来てくれた」
伊織「遅くなって、ごめん」
柚希「ううん。ちゃんと約束、守ってくれた」
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
第8話 あなたが好きで、大好きで。
ふたりは、もう逃げなかった。
柚希は微笑みながらも、手を強く握った。
柚希「今日が、わたしが“存在できる最後の日”なの」
柚希「もし、伊織くんがわたしを“幻”じゃなく、“ひとりの女の子”として好きだと思ってくれたら…
この場所に、名前としてじゃなく“人”として残れるの」
伊織は、まっすぐに彼女を見つめた。
胸の奥から、あふれ出す想いはもう言い訳も迷いもいらなかった。
「俺、お前がどこの世界の存在でも関係ない。
幻でも、記憶でも、ただ一度きりの奇跡でも――
柚希、お前が好きだよ。ここに生きてるって思ってる。」
その瞬間、桜が一斉に舞った。
世界が淡くほどけて、光に包まれていく――
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す】
最終話 永遠の記憶
次に伊織が目を開けたとき、鳥居の向こうには春の陽射しと、制服の女の子が立っていた。
柚希「……やっと、となりに立てた」
伊織「えっ……本当に、ここにいるの……?」
柚希「うん。“好きだ”って気持ちは、幻よりも強かったみたい」
伊織の目に涙が浮かぶ。
何年も、声の届かない場所にいた誰かに、ついに届いた瞬間だった。
桜はただ咲いて、散っていく。
でもふたりの記憶には、今年の春だけが“永遠”として刻まれた。
【神隠しの午後三時、桜が舞ったら君を思い出す 完結】