紫陽花の短編集物語#2

友情はきっと、いつまでも続かない

第1話 あのとき、恋の顔をした友情をしていた

高校2年の春、美波は毎朝の習慣だった「千景と駅で待ち合わせて登校する」ことが、ある日を境にパタリとなくなったことに気づいていた。
理由もなく、LINEも既読のまま。
でも教室では普通のように隣に座って、笑ってくれる。
千景「最近ちょっと、いろんな距離が分からなくなってるの。ごめんね」
そう言われたのは、帰り道だった。
少し冷たい風が吹いて、美波は何も返せなかった。
だって「なにが起きたの?」と聞いたら――怖い答えが返ってきそうだったから。
放課後、美波はアルバムを開く。
小学校の卒業式、制服の胸にコサージュ。
中学の体育祭、泥だらけの笑顔。
修学旅行の夜、手をつないで寝落ちした写真。

そして、去年の文化祭。
「わたしたちは親友。恋なんかじゃない」って言い合って、誰よりも強く手を握った瞬間。
――それが間違いだったのかもしれない。
美波が気づいていたこと。
千景のまつげの長さも、好みのリップの色も、
新しくつけた髪飾りも、他の誰より早く見つけられること。
そんなの“親友だから”って言い訳してきたけど――
ほんとは、“好き”と呼ばずにいた気持ちだった。
【友情はきっと、いつまでも続かない】












第2話 友情の顔をして、いちばん近くにいたかった

千景は、わかっていた。
美波の笑うタイミングも、癖も、弱いときの表情も、
全部、他の誰より知っている自信があった。
「でもそれは、親友って呼ばれる範囲での話でしょ?」
誰かにそう言われたわけじゃない。
でも、春休みに他の子と遊ぶ美波のSNSを見たとき、心の奥が変な音で鳴った。
さみしい?
ちがう。
“寂しさ”って、もっと穏やかなもののはずだから。
じゃあこれは――やきもち?
新学期が始まって、ふたりはまた同じクラスだった。
でももう、“いちばん”でいる自信がなかった。
美波が他の子と笑っていても、
「親友だからいいよね」って、
それ以上の感情をなかったふりをするのがつらかった。
だから、距離を置いた。

だから、距離を置いた。
逃げた。
でも、本当は――
「もう一度ちゃんと、“友達じゃない”って言ってしまえたら楽なのに」
その夜、千景はスマホの下書きに、送らなかったメッセージを残す。
『美波へ
ほんとうはずっと前から、親友以上の気持ちを抱えてた。
でもそれを言ったら、私たち“ふたりでいる理由”が壊れちゃうでしょ。
だから、
“親友のふり”をしたまま、一番隣にいたかったんだよ』
【友情はきっと、いつまでも続かない】






第3話 明日、わたしたちは「親友のふり」をやめるかもしれない

文化祭前日。
準備室の段ボールの山をよけた奥、誰もいない静かなスペースで、ふたりは偶然――それとも、運命のように――向き合っていた。
美波「……千景、ねぇ。
なんでわたしの前から、少しずつ消えてたの?」
千景は、一瞬だけ目を伏せて、それからまっすぐ美波を見る。
千景「だって、好きって言えないから。
親友ってことばの後ろに隠れてないと、壊れちゃう気がしてたから」
美波の心臓が、ドクン、と跳ねる。
美波「わたしも、親友って言いながら安心してた。
“好き”を知られない自信、みたいな顔してた。
でも、ほんとはずっと怖かったよ」
沈黙の中で、ふたりの手がすこしだけ近づく。
触れるか触れないかの距離。
そして千景が、ぽつりと。
千景「――じゃあ、明日さ。
ステージ終わったら、ちゃんと話そう。
“親友”じゃなく、“わたし”として」
ふたりとも、どうかしてるって思うくらい緊張していた。
でも、やっと“同じ気持ちだったかもしれない”って認められるだけで、
少しだけ、痛みが優しくなった。
【友情はきっと、いつまでも続かない】












最終話 わたしたちの関係に、もうラベルはいらない

文化祭当日。
ステージの照明が落ち、拍手の波が過ぎたあと。
廊下の角を曲がった先、準備室の扉の前。
美波と千景は、ふたりだけで呼吸を合わせるように立っていた。
美波「ねえ、ステージから見えたよ。
千景、わたしのことずっと見ててくれたね」
千景「うん。
そりゃもう、誰より見てたよ。親友として…って言いたいところだけど、
もう、そういうふりするのやめようと思ってた」
沈黙。
でもふたりの間には、“いちばん言いたかったこと”だけが、まだ残っていた。
美波「わたしさ、千景と“親友”って言いながら、
ほんとはずっと、“他の誰にも触れられたくない”って思ってた」
千景は、笑って、でも少しだけ泣きそうな顔で言う。
千景「わたしも。
だからね、今日からもう“友達”って呼ぶのやめて。
ラベルがないなら、それでいい。
“千景と美波”って呼び合えるだけで、もうそれで足りてるか

そのとき、準備室の蛍光灯がふっと光る。
ふたりの影が重なって、
その真ん中に、たしかな“気持ちのかたち”があった。
あれから、ふたりの間に恋人マークはつかなかった。
でも誰にも渡さないものを、ちゃんと交換したと思ってる。
それは「親友でも恋人でもないけれど、
この世界のどこよりもお互いを知っているふたり」っていう関係。
そして今も、
ただ“千景”と“美波”でいられることが、いちばんしあわせだった。
【友情はきっと、いつまでも続かない】




番外編 名前のない関係に、ちゃんと呼吸がある

文化祭が終わった翌週。
教室の風景は、いつもと同じ――だけど、美波のなかで千景が笑う一瞬一瞬に、意味の密度が変わった気がしてた。
放課後、一緒にプリンを買いに行った帰り道。
千景「ねぇ、美波」
美波「うん?」
千景「なんか今日、何回“親友”って言われたと思う?」
美波「うーん…3回くらい?」
千景「6回。ぜんぶ他の子から」
美波「ふふ、人気者」
千景「いや、ちがうの。……そのたびに、心のなかで思ってた。
“本当に私のそばにいるのは、美波なんだけどな”って」
美波は照れくさそうに笑って、歩幅を合わせながらこう返す。
美波「じゃあさ。わたしたち、もう“関係性”じゃなくて、“名前”で証明しよう。
“美波だから”“千景だから”って理由で、隣にいるってことでよくない?」
千景「……うん、よすぎる」
夕方の光が、ふたりの影を長くのばした。

このあと、恋人になったかどうかなんて、誰も知らない。
でも、大人になっても「いちばん大事な人」って呼ぶとき、きっと真っ先に浮かぶのはお互いの名前だと思う。
そしていつかこんなふうに語れる日がくる。
「わたしたち、親友になるには好きすぎて、
恋人になるにはわかりすぎてたのかもしれないね」
【友情はきっと、いつまでも続かない 完結?】
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