紫陽花の短編集物語#2
嫌いの裏側で、君を想った
第1話 わたしを見下したその目に、なぜ泣きそうな優しさがあるの
璃子(りこ)が初めて柊(しゅう)に憎しみを抱いたのは、中1の冬。
図書室で読んでいたノートに、柊が通りすがりに言った。
「……そういうの、向いてないんじゃね?」
勉強、努力、夢。全部を鼻で笑うみたいに、軽く言い捨てた。
まわりは笑った。璃子は何も言えなかった。
それ以来、柊は“復讐すべき名前”になった。
高校2年になって同じクラスになっても、
璃子は“無視”と“あいまいな視線”で距離を保った。
でも、その日、柊は唐突に言った。
放課後、昇降口。誰もいない空気のなか。
「俺のこと嫌いだろ? わかってる。
だから、なんでも仕返ししていいよ。
無視でも、陰口でも。
……それで気がすむなら、やってくれよ」
唐突すぎた。
優しさでもなく、挑発でもなく、
どこか“哀しい諦め”のような口ぶりで。
璃子はただ、動けなかった。
だって、その目が、わたしが本当に嫌いだったあのときの彼と違っていたから。
その日から、璃子の復讐心はかき乱されていく。
・なぜ柊は、あの日あんなことを言ったのか
・なぜずっと無視してきたのに、“避けるような仕草”ひとつもしなかったのか
・なぜ、璃子が苦手な体育のときだけ、そっとタオルを置いていく誰かがいたのか
「嫌いだよ、柊。
でも――あんた、ほんとはずっと、気づかれてほしかったんじゃないの」
璃子の中で、“復讐”と“忘れられない想い”が、だんだん重なっていく。
【嫌いの裏側で、君を想った】
第2話 あの日、わたしが傷ついた場所に、君も立っていたなんて
璃子は柊のあとを、無意識に目で追うようになっていた。
いつも人に囲まれているけど、笑い方がどこか嘘くさい。
誰かと話していても、一瞬だけ“すごく遠い表情”になる瞬間を知ってしまった。
そんなある日、ふたりきりになった図書室で、璃子は問いかけた。
璃子「ねえ、柊。
中1のときさ……“向いてない”って言ったでしょ。わたしのノート、あれ」
柊はページを閉じて、ゆっくり目を伏せた。
柊「覚えてる。…でもさ、それ、俺が言ったんじゃない」
璃子「え?」
柊「“向いてない”って言ったの、うしろにいた友達だった。
でもお前、俺の顔見てたから、俺が言ったと思ったんだろ」
璃子は言葉を失った。
あの日からずっと、“柊がわたしを笑った”と信じて、
“あいつにだけは負けたくない”って思ってたのに――
柊「ずっと謝りたかった。でもお前、俺のこと目に入れてくれなかったし。
俺がいちばん傷つけてたんだから、俺から行くの違うなって思ってた」
沈黙のなか、心の奥がじわじわとほどけていく。
璃子「……嫌いだって思ってたの、ずっと」
柊「俺もだよ。……俺のこと、嫌いなんだろうなって思ってた」
お互いに、ちがう角度で、ちがう時間で、
ずっと“おなじ不安”のなかにいたことだけが、やさしく残った。
【嫌いの裏側で、君を想った】
第3話 好きになってしまった罪と、向き合うその一歩先へ
その日、璃子は昼休みに渡されたメモの存在が、ずっと気になっていた。
「今日の帰り、裏庭のベンチ。
…もう“嫌われてた”まま終わりたくないから」
筆跡は、あの日ノートに落書きされた字と同じ。
ずっと見たくなかった文字。でも、たしかに今は――会いたい、と思ってしまった。
放課後。
校舎の裏庭で、柊は少し照れくさそうに、でもちゃんと待っていた。
璃子「……来たからって、許すとかは、まだ考えてないから」
柊「……いいよ。怒られ慣れてる」
璃子「それはそれで問題じゃん」
(でも、そんな返しができるようになった自分が、ちょっとだけうれしかった)
柊は、ちょっと真面目な顔になる。
柊「俺な、璃子のこと……嫌われてたから、逆に安心してた。
だって“好きになられてない”ってわかってたら、これ以上誰も傷つかないじゃん」
璃子の心が、小さく揺れた。
その言葉に、どれだけ“自分のことも傷つけたくなかった人”が隠れていたんだろう。
璃子「……バカだね、あんた」
柊「バカだよ。だから、
“もう一回、はじめからやり直したい”って言っていいかどうか、ずっと迷ってた」
璃子は深く息を吸って、
ほんの少しだけ肩の力を抜いた声で、答えた。
璃子「じゃあ…まず、“嫌い”って言わないところから始めて」
柊「それ、いちばん難しいやつ……でも、うれしい」
ふたりのあいだに流れた沈黙が、前よりやさしい色をしていた。
【嫌いの裏側で、君を想った】
最終話 憎しみのかわりに「好き」と言えるその日まで
その後、璃子と柊は“友達”として少しずつ会話をするようになった。
誤解も謝罪も過ぎたあと、残ったのは――ぎこちなくもやさしい、**「やり直すための時間」**だった。
ある日の放課後、璃子は柊に手紙を渡す。
中には、初めて書いたエッセイが印刷されていた。
「題名:『嫌いだったのに、笑ってしまったこと』」
柊「……お前さ、それ、俺のこと?」
璃子「そうだったけど、もう“だった”って言いたいから。
あの頃の“嫌い”も、いまの“好きになりそう”も、
たぶん全部ほんとの気持ちだったんだと思う」
柊は、ゆっくりと璃子の目を見て言った。
柊「……俺も。璃子のこと、ずっと“好きになっちゃいけない”って思ってた。
でも、思わなかった日はなかったよ」
璃子「バカだな、ほんと」
柊「うん、バカだからずっと遠回りしてた」
沈黙。
けどその中には、もう誤解も、傷も、嘘もなかった。
ようやく、“嫌い”で始まったふたりが、“好き”だけを手にして立った場所。
璃子は、少し照れながら言う。
璃子「じゃあさ…“復讐”は、もう終わりでいい?」
柊「うん。それより、これから“仕返しされるくらい好きにさせてよ”」
ふたりの笑い声が、春の風に、静かに混ざっていった。
【嫌いの裏側で、君を想った】
番外編 あの頃の誤解よりも、いま見つめてる君がすべて
春の終わり。卒業まで、あと1年。
璃子と柊は、相変わらず“名前で呼び合わない”関係のままだけど、
並んで歩くとき、いつのまにかリズムが合っているようになっていた。
ある日。購買帰りの階段下で、璃子はふと、こうこぼす。
璃子「ねえ、あんたって昔はもっと怖い奴だと思ってたけどさ…
なんでそんなに、ちょっと優しくなったの」
柊「俺は最初から怖くなかったし、最初から璃子には優しかったんだが」
璃子「は? なにその自信…」
柊「でも、お前が見てた“俺の顔”がそうだったんなら、
それはたぶん俺がちゃんと見せられてなかったせいだな。
……いまはちゃんと、見ててほしいけど」
璃子は返事をしなかった。
ただ、自分でも知らないうちに、指先が柊の袖をちょんと引いていた。
それだけで、
もう“疑うこと”や“試すような言葉”はいらなくなった。
昔は「復讐してやりたい」と願った名前。
今は、「もう嫌われたくない」と思ってる名前。
呼びかたは変わらなくても、
そこに込めた気持ちの意味が、まるでちがっていた。
そしてこれからふたりは、
過去に傷つけた分じゃなく、未来にやさしさを重ねていくことでつながっていくんだと思う。
【嫌いの裏側で、君を想った 完結】
璃子(りこ)が初めて柊(しゅう)に憎しみを抱いたのは、中1の冬。
図書室で読んでいたノートに、柊が通りすがりに言った。
「……そういうの、向いてないんじゃね?」
勉強、努力、夢。全部を鼻で笑うみたいに、軽く言い捨てた。
まわりは笑った。璃子は何も言えなかった。
それ以来、柊は“復讐すべき名前”になった。
高校2年になって同じクラスになっても、
璃子は“無視”と“あいまいな視線”で距離を保った。
でも、その日、柊は唐突に言った。
放課後、昇降口。誰もいない空気のなか。
「俺のこと嫌いだろ? わかってる。
だから、なんでも仕返ししていいよ。
無視でも、陰口でも。
……それで気がすむなら、やってくれよ」
唐突すぎた。
優しさでもなく、挑発でもなく、
どこか“哀しい諦め”のような口ぶりで。
璃子はただ、動けなかった。
だって、その目が、わたしが本当に嫌いだったあのときの彼と違っていたから。
その日から、璃子の復讐心はかき乱されていく。
・なぜ柊は、あの日あんなことを言ったのか
・なぜずっと無視してきたのに、“避けるような仕草”ひとつもしなかったのか
・なぜ、璃子が苦手な体育のときだけ、そっとタオルを置いていく誰かがいたのか
「嫌いだよ、柊。
でも――あんた、ほんとはずっと、気づかれてほしかったんじゃないの」
璃子の中で、“復讐”と“忘れられない想い”が、だんだん重なっていく。
【嫌いの裏側で、君を想った】
第2話 あの日、わたしが傷ついた場所に、君も立っていたなんて
璃子は柊のあとを、無意識に目で追うようになっていた。
いつも人に囲まれているけど、笑い方がどこか嘘くさい。
誰かと話していても、一瞬だけ“すごく遠い表情”になる瞬間を知ってしまった。
そんなある日、ふたりきりになった図書室で、璃子は問いかけた。
璃子「ねえ、柊。
中1のときさ……“向いてない”って言ったでしょ。わたしのノート、あれ」
柊はページを閉じて、ゆっくり目を伏せた。
柊「覚えてる。…でもさ、それ、俺が言ったんじゃない」
璃子「え?」
柊「“向いてない”って言ったの、うしろにいた友達だった。
でもお前、俺の顔見てたから、俺が言ったと思ったんだろ」
璃子は言葉を失った。
あの日からずっと、“柊がわたしを笑った”と信じて、
“あいつにだけは負けたくない”って思ってたのに――
柊「ずっと謝りたかった。でもお前、俺のこと目に入れてくれなかったし。
俺がいちばん傷つけてたんだから、俺から行くの違うなって思ってた」
沈黙のなか、心の奥がじわじわとほどけていく。
璃子「……嫌いだって思ってたの、ずっと」
柊「俺もだよ。……俺のこと、嫌いなんだろうなって思ってた」
お互いに、ちがう角度で、ちがう時間で、
ずっと“おなじ不安”のなかにいたことだけが、やさしく残った。
【嫌いの裏側で、君を想った】
第3話 好きになってしまった罪と、向き合うその一歩先へ
その日、璃子は昼休みに渡されたメモの存在が、ずっと気になっていた。
「今日の帰り、裏庭のベンチ。
…もう“嫌われてた”まま終わりたくないから」
筆跡は、あの日ノートに落書きされた字と同じ。
ずっと見たくなかった文字。でも、たしかに今は――会いたい、と思ってしまった。
放課後。
校舎の裏庭で、柊は少し照れくさそうに、でもちゃんと待っていた。
璃子「……来たからって、許すとかは、まだ考えてないから」
柊「……いいよ。怒られ慣れてる」
璃子「それはそれで問題じゃん」
(でも、そんな返しができるようになった自分が、ちょっとだけうれしかった)
柊は、ちょっと真面目な顔になる。
柊「俺な、璃子のこと……嫌われてたから、逆に安心してた。
だって“好きになられてない”ってわかってたら、これ以上誰も傷つかないじゃん」
璃子の心が、小さく揺れた。
その言葉に、どれだけ“自分のことも傷つけたくなかった人”が隠れていたんだろう。
璃子「……バカだね、あんた」
柊「バカだよ。だから、
“もう一回、はじめからやり直したい”って言っていいかどうか、ずっと迷ってた」
璃子は深く息を吸って、
ほんの少しだけ肩の力を抜いた声で、答えた。
璃子「じゃあ…まず、“嫌い”って言わないところから始めて」
柊「それ、いちばん難しいやつ……でも、うれしい」
ふたりのあいだに流れた沈黙が、前よりやさしい色をしていた。
【嫌いの裏側で、君を想った】
最終話 憎しみのかわりに「好き」と言えるその日まで
その後、璃子と柊は“友達”として少しずつ会話をするようになった。
誤解も謝罪も過ぎたあと、残ったのは――ぎこちなくもやさしい、**「やり直すための時間」**だった。
ある日の放課後、璃子は柊に手紙を渡す。
中には、初めて書いたエッセイが印刷されていた。
「題名:『嫌いだったのに、笑ってしまったこと』」
柊「……お前さ、それ、俺のこと?」
璃子「そうだったけど、もう“だった”って言いたいから。
あの頃の“嫌い”も、いまの“好きになりそう”も、
たぶん全部ほんとの気持ちだったんだと思う」
柊は、ゆっくりと璃子の目を見て言った。
柊「……俺も。璃子のこと、ずっと“好きになっちゃいけない”って思ってた。
でも、思わなかった日はなかったよ」
璃子「バカだな、ほんと」
柊「うん、バカだからずっと遠回りしてた」
沈黙。
けどその中には、もう誤解も、傷も、嘘もなかった。
ようやく、“嫌い”で始まったふたりが、“好き”だけを手にして立った場所。
璃子は、少し照れながら言う。
璃子「じゃあさ…“復讐”は、もう終わりでいい?」
柊「うん。それより、これから“仕返しされるくらい好きにさせてよ”」
ふたりの笑い声が、春の風に、静かに混ざっていった。
【嫌いの裏側で、君を想った】
番外編 あの頃の誤解よりも、いま見つめてる君がすべて
春の終わり。卒業まで、あと1年。
璃子と柊は、相変わらず“名前で呼び合わない”関係のままだけど、
並んで歩くとき、いつのまにかリズムが合っているようになっていた。
ある日。購買帰りの階段下で、璃子はふと、こうこぼす。
璃子「ねえ、あんたって昔はもっと怖い奴だと思ってたけどさ…
なんでそんなに、ちょっと優しくなったの」
柊「俺は最初から怖くなかったし、最初から璃子には優しかったんだが」
璃子「は? なにその自信…」
柊「でも、お前が見てた“俺の顔”がそうだったんなら、
それはたぶん俺がちゃんと見せられてなかったせいだな。
……いまはちゃんと、見ててほしいけど」
璃子は返事をしなかった。
ただ、自分でも知らないうちに、指先が柊の袖をちょんと引いていた。
それだけで、
もう“疑うこと”や“試すような言葉”はいらなくなった。
昔は「復讐してやりたい」と願った名前。
今は、「もう嫌われたくない」と思ってる名前。
呼びかたは変わらなくても、
そこに込めた気持ちの意味が、まるでちがっていた。
そしてこれからふたりは、
過去に傷つけた分じゃなく、未来にやさしさを重ねていくことでつながっていくんだと思う。
【嫌いの裏側で、君を想った 完結】