Please let me hear your voice-君の声を聴かせてー
夜の風が、少しだけ湿っていた。

麻衣はベランダに出て、
手の中のスモーキークォーツをそっと見つめた。

歩がいなくなってから、
ずっと影の中で生きてきた。
影の中で呼吸して、影の中で歩いてきた。

忘れたいわけじゃない。
消したいわけでもない。

ただ——
「歩の影の中で生きるのをやめる」
その選択を、ようやく胸の奥で形にできた。

静かな夜だった。
決意が揺れるには、
ちょうどいい静けさだった。

そのとき、
光孝からメッセージが届いた。

「少し、話せますか」

麻衣は迷った。
でも、会うことにした。

カフェの窓際。
光孝は真剣な眼差しで麻衣を見つめた。

「麻衣さんが歩さんを大切にしてきたこと、僕は全部尊敬しています。

 僕は……ずっとあなたのことが好きです。
 離れても、忘れられなかった。
 
歩さんの想いを抱いたままでいいです。
僕にチャンスをください」

麻衣は息を飲んだ。
その言葉は、
歩の影を否定しない優しさだった。

光孝は続けた。

「でも……これからの麻衣さんの人生も、
 僕は大切にしたい」

その声は、
揺れを急がせない大人の温度だった。

麻衣はスモーキークォーツを指でなぞった。
影の中で光る石が、
カフェの灯りを受けて静かに揺れた。

歩の影が、
光へ変わる瞬間だった。

麻衣はゆっくりと目を閉じた。

「……歩くんのこと、忘れないよ。

 光孝くんと一緒にいてもいいですか?

 私はあなたより年上だけど……でも、
 今じゃなくて、
 これからずっと一緒にいたいのは光孝くんです」


光孝は何も言わず、
ただ麻衣の言葉を受け止めた。

その静けさが、
麻衣の心にそっと触れた。

影を手放す夜は、
痛みよりも、
未来の灯りの方が少しだけ強かった。
< 133 / 144 >

この作品をシェア

pagetop