Please let me hear your voice-君の声を聴かせてー
歩が指輪を作り始めたのは、友香との時間が静かに積み重なっていった頃だった。

大学帰りに並んで歩く道。
夕方の光の中で重なる笑顔。
ふたりの距離が、ゆっくりと未来の形を帯び始めた頃。

歩は、ひとりで工房に向かった。

歩の友達がジュエリーショップの御曹司で、
無理を言って自分のデザインした指輪を、
工房の職人さんに教えてもらいながら作っていた。

友香の喜ぶ顔を見るために……。

「未来を……渡したいんだ」

その言葉は、静かで、そして歩の決心だった。

歩は奥手で、自分から誰かを誘うことも、
自分の気持ちを言葉にすることも苦手だった。

だからこそ、
言葉ではなく“形”にしたかった。

未来を渡すための、小さな光を。

歩は黙々と作業を続けた。
金属を削り、磨き、
何度も何度も形を整える。

その指先は、
どこかぎこちなく震えていた。

――麻衣は気づいていた。

歩が最近、
少しだけ息を整えるようになったこと。

歩の歩き方が、
ほんのわずかに重たくなっていること。

そして、
歩がひとりで工房へ向かう背中が、
どこか痛みに耐えているように見えたこと。

麻衣は歩のことを誰より知っていた。
友香よりも、歩自身よりも。

だから、
その影に気づいたのは麻衣だけだった。

「歩くん……大丈夫だよね」

誰にも届かない声で、誰にも聞かれない場所で。

麻衣は歩に何も言わなかった。
言えなかった。

歩が未来を作ろうとしていることを知っていたから。
その未来が自分ではなく、
友香に向けられていることも知っていたから。

麻衣の胸の奥で、
影の恋が静かに痛んだ。

――そして、
その痛みが現実になる日が来た。

歩の病状が、突然、急に悪化した。
友香もまた、誰にも言えない悩みを抱え、
大学からも歩の前からも姿を消した。
何度連絡しても連絡のつかなくなった歩は、病院に行かず友香を探そうとしたが、
結局倒れてしまった。

歩は病院に運ばれた。

麻衣にだけ、
短いメッセージが届いた。

「……麻衣ちゃん。
 少し、話したいことがある」

麻衣が病室に入ると、
歩は弱々しく笑った。

「友香が突然いなくなった。連絡もつかない大学もやめたらしい。
 僕に愛想つかしたのかもしれない」

「……これを預かって欲しい」

歩は震える手で麻衣に小さな箱をわたした。

「麻衣ちゃんは、僕のこと知ってるだろう」

その中には、
友香に渡すために作った指輪が静かに光っていた。

「友香ちゃんに……渡したかったんだ。
 でも……渡せなかったら……
 未来に……託してほしい」

麻衣は震える指で箱を受け取った。
胸の奥が、静かに、
深く、痛んだ。

歩は続けた。

「麻衣ちゃんなら……
 きっと……未来を守ってくれると思ったから」

麻衣は泣かなかった。
泣けなかった。

歩の前で涙を見せたら、
歩がもっと苦しむとわかっていたから。

「……歩くん。
 預かるね。
 絶対に……未来に渡す」

麻衣の声は震えていた。
でも、まっすぐだった。

その日、
歩は未来を託した。

そして同じ日、
麻衣の影の恋は、
誰にも知られないまま静かに痛んだ。

誰にも気づかれないまま。
誰にも届かないまま。
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