エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 むしろ滉太郎さんが来てくれて安心したくらいだ。ブンブンと首を横に振る。

 いきさつを説明しようとして、時間がないことを思い出す。

「滉太郎さん、早く逃げた方がいいです! もうすぐここにヤクザが」

「ヤクザ? どういうことだ?」

 そう尋ねながら、滉太郎さんはギロリと千穂を睨んだ。千穂は一瞬体をビクつかせたあと、慌てたようにテーブルをよじ登った。千穂の足がぶつかりテーブルの上のグラスが床に落ち、けたたましい音が店内に響く。足元を探りながら、カウンターの中に降りた千穂は、店の奥にあるもうひとつのドア――おそらく裏口へと走っていく。

 滉太郎さんは咄嗟の判断か、私を離すとカウンターを素早く乗り越えて千穂を追いかけた。千穂が裏口のドアノブに手をかける寸前にその腕を掴んだ。

「おまえ、仁奈になにをしたんだ?」

 その声は、地の底から聞こえてくるような重い響きをもっていた。
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