エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 私の前に並んでいる子供も同じように興奮しているようで、さっきから「ねぇ、飛行機まだ?」と飛び跳ねながら両親に聞いている。後ろではカップルが旅行先でどこへ行くか相談している。みんな浮き立っている。

「遅いなぁ、千穂」

 一緒に行くはずの親友がまだ来なくて、私はヤキモキしながらスマホを見た。待ち合わせ時間を三十分過ぎている。搭乗手続きに遅れないようひとりで並んでいることも伝えたのだが、返信が一向に返ってこない。

 まさか事故に遭ったり、急病で倒れていたりしているんじゃ……。

 悪い予感が胸をよぎり、落ち着かなくなる。電話しようかな。そう思った時、逆に千穂から着信がきた。急いで通話ボタンをタップする。

「もしもし、千穂? もう時間だけど大丈夫? 具合でも悪い?」

 電話口から声は聞こえない。どうしたんだろう。

「千穂?」

『ごめん、仁奈……私、旅行、行けない』

「えっ? ど、どうして?」

『色々あって風邪引いちゃって、今、熱が四十度あって……』

「そうなの? 大丈夫、じゃないよね。お盆だから病院もお休みだし。春樹さんは今日仕事だっけ?」

 千穂は婚約者の春樹さんと同棲している。千穂は旅行の予定だったし、春樹さんも今日は休みじゃなく仕事の可能性もある。

『……別れた』

「えっ?」

『別れたの。あいつ浮気してたから。今は実家に帰ってる。ごめん、もう切るね。頭痛くて。仁奈は旅行楽しんできて』

 驚いている間に、電話は切れてしまった。

 ホーム画面に戻ったスマホを手に、私は呆然とした。春樹さんが浮気? あんなに千穂と仲良かったのに。

 列が進んで一歩前に詰める。千穂が大変な時に、このまま私だけ旅行に行ってもいいんだろうか。でも実家に帰ってるみたいだから、私が千穂の家に押しかけてもただ邪魔なだけだ。四十度も熱があるなら、話すのもつらいだろう。

 モヤモヤ悩んでいるうちに、いつの間にか列の先頭に立っていた。カウンターから「次の方」と声がする。私の番だ。スタッフの女性がカウンターから少し身を乗り出して、私を見ている。悩んでいる時間はない。

 ごめん、千穂!

 ひとりで旅立つことを心の中で謝りながら、私は手続きカウンターに向かった。
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