エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
「で、俺は病気のお父さんの前で恋人のふりをするだけでいいのか?」

 タクシーに乗り込むと、早速黒崎さんが切り出した。黒崎さんには事前に電話で大まかな事情は話している。

「はい。私にちゃんと恋人がいて、人並みに幸せだってわかってくれたら、父も治療に前向きになってくれると思うんです。父は、私が家事で忙しいから恋人も結婚もできないと思っているようで、治療を拒否しているのもこれ以上私の負担になりたくないからだと言っていたので……」

「それで恋人をね……まあ恋人や伴侶がいるから幸せっていうのは賛同しかねるが」

 黒崎さんは皮肉っぽく言った。

 過去になにかあったんだろうか。会うのは二度目で、立ち入ったことを聞けるような仲ではないけれど、そっぽを向くように窓の外に顔を向けた黒崎さんの態度が気にかかった。

「君のお父さんは優しいんだな。自分の命をなげうってでも、娘の君を気づかって」

 窓の外に目を向けたまま、黒崎さんがポツリと呟いた。私は噛みしめるように頷く。

「はい。すごく優しい人です。だから長生きして、まだまだ幸せをたくさん見つけてほしいんです」

 ひとりで子供をふたりも育てるのは大変だったと思う。その上、会社をリストラされ、今は病に侵されている。

 人生で訪れる幸福と不幸の量が同じだとしたら、お父さんはもう一生分の不幸を経験したはず。これからは幸せになってほしい。亡くなるのは早すぎる。

「君の優しさがお父さんに伝わるといいな」

 黒崎さんがこちらを向いて微笑んだ。彼の口元は柔らかいカーブを描いて、口角が上を向いている。

 優しい人だ。恋人のふりを頼んだのが、彼で良かった。
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