エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
「すみません、あまり綺麗ではないんですが」

 昨日一日かけて掃除はしたけれど、いかんせん築四十年の団地なので古さが目立つ。お金がなくて最低限のリフォームしかできていないからなおさら。

 洗練された印象の黒崎さんと我が家のミスマッチ具合に申し訳なくなりながら、リビングに案内する。お父さんはソファに背中を預けて座っていた。

 今日会ってもらいたい人がいるとは伝えていたが、黒崎さんの姿を目にしてお父さんは目を丸くしていた。

「お父さん。こちらは黒崎滉太郎さん。今、お付き合いしている方なの」

 お父さんの左眉がピクンと上がった。驚いた時の、お父さんの癖。元気な時とは見違えるほど痩せてしまっても、仕草は変わっていないことにホッとする。

「初めまして、仁奈さんとお付き合いしている黒崎滉太郎と申します。突然お邪魔して申し訳ございません」

 流暢に挨拶をする黒崎さんの隣で、私は少し驚いた。黒崎さん、私の名前覚えてたんだ。家族以外の男の人から名前で呼ばれるのは初めてで、胸の内側が痒くなる。

「わざわざお越しいただきありがとうございます。座ったままですみません」

 お父さんが背中を起こそうとしたら、私より先に黒崎さんが「どうかそのままでいらしてください」と声をかけてくれた。

「本当はもっと早くご挨拶に伺いたかったのですが、私の仕事の都合がつかず……仁奈さんからお父様が体調を崩されたと伺ったので、私からお見舞いしたいとお願いしたんです」

「く、滉太郎さんは外交官で、海外出張も多いからなかなか予定が合わなくて、これまで紹介できなかったの」

「外交官……失礼ですが、仁奈とはどこで?」

「私が仕事の関係で仁奈さんの職場を訪れた際に、応対をしていただいたのが仁奈さんだったんです。それがきっかけで、プライベートでも親しくさせていただいておりました」

 この馴れ初めは、行きのタクシーの中で考えたもの。私が区役所の国際交流課で働いていると話したら、仕事きっかけの出会いが一番自然だろうと黒崎さんが提案してくれた。

 私は経験がないけれど、外交官が地方自治体職員と一緒に仕事をすることはそれほど珍しくないらしい。

 黒崎さんが笑顔のまま自然に嘘をついているから、より説得力がある。頭の回転が速いんだろう。私なんて、黒崎さんの名前を呼ぶだけでドギマギしているのに。
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