エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
「あの、自分で持ちますよ」

「気にしなくていい」

「いや、でも……」

「じゃあ、はい」

 黒崎さんが突然、空いている方の手で私の手を握った。

 これは一体、どういう展開?

「あ、あの、黒崎さん、ど、どうして私たち、手を繋いでいるんですか?」

「手持無沙汰なんだろ?」

 そうじゃなくて。

 繋いでいる手と黒崎さんを交互に見る。全力疾走した後のように心臓が暴れている。

「一応俺たちはこれから夫婦になるんだし、これくらいの接触には慣れてもらわないと。夫婦を装うのに必要なことだ」

「そ、そうは言ってもですね」

「あと呼び方も。対外的には夫婦になるから、俺のことは今後名前で呼んでくれ」

「えっ」

「俺は仁奈って呼んでるだろ? 俺だけ苗字で呼ばれるのは不自然だ」

 そうだけど、そんなにいきなりハードルを上げないでほしい。

 困惑して黒崎さんを見上げると、彼は余裕そうな顔で笑っている。経験値の差なんだろうか。

「え、っと……滉、太郎さん?」

「ぎこちないな」

「い、いきなりは無理です! だんだん、慣れていくと思いますから」

 慣れる日なんて来るのかなと思うくらい、私の心臓は騒がしいままだ。

「是非そうしてくれ」

 黒崎、いや、滉太郎さんが私の手をギュッと握り締める。意外と温かい滉太郎さんの体温が伝わってきて、私の体温は顔面を中心にぐんと上がった。

「そう緊張しなくても、俺たち一緒に暮らしても結構うまくやれると思うよ」

「そ、そうですか?」

「君と一緒にいる時間は、それなりに心地良いからな」

 それなりに心地良い。控えめな表現のその言葉が、まるで最上級の褒め言葉のように聞こえた。

 頬が熱い。私は真っ赤になった顔をなんとか隠そうと、アスファルトに視線を落とした。
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