エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 ホテルのような吹き抜けのエントランスを抜けて、エレベーターへ乗り込む。三十八階建てのようで、滉太郎さんの部屋は最上階のひとつ下の三十七階にあった。

 リビングに足を踏み入れて私は固まった。スタイリッシュな黒のダイニングテーブル、表面に皺ひとつなさそうな白のソファ。我が家の二倍の大きさはありそうな壁掛けの液晶テレビ。

 モデルルームをそのまま買い取ったのかと思うくらい整頓された室内。ソファの前のガラステーブルの隅には、テレビのリモコンがテーブルの線に沿ってまっすぐ置かれている。

『俺たち一緒に暮らしても結構うまくやれると思うよ』

 先ほどの滉太郎さんの言葉が頭の中でリピートする。

 掃除は得意な方だけれど、リモコンを置く角度まで気にしたことはない。こんなに綺麗に暮らせる気がしない。

「仁奈の部屋はリビングの隣の……仁奈?」

「あの、本当に私がここに住んでも問題ないんでしょうか?」

 この調和のとれた空間に私という異物が混じって、黒崎さんは平気なんだろうか。

「問題ないけど。もしかしてこの部屋だと狭いか?」

「ま、まさか! 十分すぎるくらい広いです!」

「じゃあどういう意味だ?」

「いえ、その……なるべく気をつけようとは思うんですが、こんなに綺麗なお部屋なので、私が一緒に住んで秩序を乱さないかなと思って」

「秩序って。君、俺のことなんだと思ってるんだ?」

 黒崎さんがジトッとした目で私を見返す。

「だって、モデルルームみたいに綺麗ですし、無駄なものはなにも置かれていないですし、リモコンまでピシッと揃っているから私が一緒に暮らしたら散らかしちゃうと思います」

「物は定位置に置いた方が探す手間が省けるから、そうしているだけだ。家には寝に帰るだけなことが多くて、散らかしようもないしな。仁奈が想像しているみたいに、神経質で整理整頓にうるさいわけじゃないぞ」

「そ、そこまでは言ってないです」

 ブンブンと首を横に振ると、黒崎さんは吹き出した。

「冗談だよ。なんにせよ、自由に暮らしてもらって構わない。今日からここは仁奈の家でもあるからな」

 リビングの大きな窓から東京の街並みを見下ろせるこの家が、私の家。

 実感がないけれど、この偽装結婚を終える頃にはちゃんと自分の家だと思えているだろうか。

 滉太郎さんを見上げると、彼はほのかに笑みを浮かべている。その表情を見るだけで、この新しい生活もうまくいく気がしてくるから不思議だ。今気づいたけれど、私は几帳面で論理的な滉太郎さんを結構信頼しているらしい。

「これからよろしくお願いします、滉太郎さん」

「ああ、よろしく」
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