エリート外交官の完璧なる偽装結婚 ……のはずが旦那様は私を溺愛しているみたいです?!
 私が首を横に振ると、滉太郎さんは困ったように笑った。

「悪い、亮介くん。仁奈の具合が良くないから、今日はこれで失礼する」

「は、はい」

 少し横になったら平気だと思うけれど、このまま実家にいても亮介に心配をかけるだけだろう。滉太郎さんの言う通り、帰ったほうがいい。

「ごめんね、亮介。来たけどなにもできなくて」

 立ち上がりかけたままの亮介に頭を下げる。

「そんなの気にしなくていいよ。むしろ俺の方こそごめん。姉ちゃんに甘えてばっかりで」

「なに言ってるのよ。弟なんだから当たり前じゃない」

 だから気にしなくていいと笑いかけたつもりだったけど、亮介は歯痒そうな顔をしていた。

「じゃあ行こう、仁奈」

 滉太郎さんはそう言うと、少しかがみ込んで私を抱き上げた。いきなりお姫様抱っこされ、口から悲鳴が漏れる。

「こ、滉太郎さん、私、歩けますよ?!」

「さっき倒れそうになってただろ。今自力で歩くのは怪我をする危険性もあるし、この方が早く家につける」

「でも重いですし、滉太郎さんが体を痛めたりしたら」

「そんなにヤワじゃないよ。それに仁奈は全然重くない。ずっと持ち上げていられるくらい軽い」

 いつもこうしてはこんであげたいくらいだ、と滉太郎さんがにっこりする。

 これは演技。亮介に対するアピール。今日、幾度となく反芻した言葉でまた自分に言い聞かせる。

 私は、本当の奥さんじゃない。滉太郎さんは私を大切に思っているわけじゃない。

 落ち着け、落ち着け。

 心臓のあたりに手を当てると、手のひらに拍動が伝わる。心臓を支える筋肉がちぎれてしまうんじゃないかと思うくらい、激しく脈打っている。

 苦しくて、痛い。痛いけど、この痛みをいつまでも感じていたいと思ってしまっている。

「俺にもたれていいよ。その方が楽だろ」

 優しい声に従って、おずおずと滉太郎さんの胸に頭を預ける。風邪のせいだけじゃない全身の熱が、彼に伝わりませんようにと願いながら。
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