工場の闇に咲く恋 ~レンズが捉えた秘密~
10年前——俺、末山愛斗は鉄砲を密造していた。
法律なんてものは知らなかったし、ただ技術だけが先行して、毎日鉄を削り、形を作り、命に関わる道具を生み出していた。
だがある日、そうして作り上げた鉄砲の一部が、何者かによって工場から盗まれるという事件が起きた。警察に踏み込まれる直前に何とか証拠を隠し、俺だけは捕まらずに済んだものの、工場はその一件で廃業。跡形もなく消え去り、俺の過去も闇に葬られた……はずだった。
あれから10年の月日が流れた。
俺は今、写真家として活動する唐山ふみと交際している。
ふみとは昔からの知り合いだ。彼女は工場長である貞夫さんの娘で、俺がまだ工場で働いていた頃から、ずっと憧れていた存在だった。昔から足が悪く、いつも車椅子に乗っていた彼女は、それでもいつもカメラを持って工場の中を歩き回り、鉄のにおいや働く俺たちの姿を写真に収めていた。
「愛斗くんの手、機械みたいで綺麗」
なんて笑いながらレンズ越しに見つめられるたび、俺はこの想いを伝えられないまま、ただ見つめ返すことしかできなかった。自分が密造なんて真っ黒なことをしている人間だと知られるのが怖かったし、何より、俺なんかが近づいていい女性じゃないと思っていたからだ。
そんなふみが、長いリハビリの末に車椅子を卒業し、自分の足で歩けるようになったと聞いたときは、心の底から嬉しかった。そして、ようやく俺たちは恋人同士になれた。
今日は久しぶりにふみの家に来ていた。
彼女の父親である貞夫さんは、年を取って体が弱くなり、今は老人ホームのデイサービスを利用している。昼間は家にはおらず、夜にならないと帰ってこない。つまり、今この時間は、俺たち二人だけのものだ。
「愛斗くん…」
リビングで向き合ったふみが、甘えるように俺の名前を呼ぶ。
俺は黙って彼女を引き寄せ、柔らかな唇を重ねた。10年分の想いを込めて、何度も何度も口づけを交わす。昔は触れることさえできなかった存在が、今はこうして俺の腕の中にいる。それだけで、過去の罪も全部忘れられるような気がした。
ふと窓の外を見ると、太陽が真上に来ている。時計を見れば、もうお昼時だ。
「そろそろ何か食べに行こうか。もっちゃんにいかない」
「ああ、行こう。皿うどんが食べたいな」
もっちゃんこと本多幸輝は、昔貞夫さんの工場で一緒に働いていた仲間だ。俺が密造していたことも、工場が潰れた事情も、全部知っている男の一人だ。工場がなくなった後、彼は中華料理屋を開業し、細々と店を続けていた。
店に着くと、カランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃい! おお、愛斗じゃねえか。それにふみちゃんまで…客いないからひまだったんだ」
カウンターの中から幸輝が顔を出す。にやにやとした、品のない笑顔は昔のままだ。
「おうおう。今日は何にする?」
「皿うどんね。二人分お願い」
「はいよ、かしこまり!」
テーブル席に座ろうとすると、「こっち空いてるぜ」とカウンター席に案内された。特に断る理由もなく、俺たちは並んで腰を下ろした。
出来上がるまでの間、俺たちは昔話に花を咲かせた。工場にいた頃のこと、ふみが車椅子だった頃のこと、それから今の写真家としての仕事のこと……。ふみが笑うたびに俺も自然と笑顔になる。幸せな時間だった。
だが——俺はカウンター越しに、幸輝の様子を目の端で捉えていた。
彼は鍋を振りながらも、ふみの方をじっと見ていた。
視線が気持ち悪いくらいに絡みつき、その目は欲情でぎらついている。そして次の瞬間、俺が凍りつくのを見ていたのか、彼は自分の股間のあたりを、指でゆっくりと、卑猥な動きで触り始めたのだ。
(クソッ……)
俺が鋭い視線を送ると、幸輝はハッと我に返り、慌てて手を引っ込めた。「あー、ちょっと手が滑っちまって」なんて意味不明な言い訳を口にしながら、手洗い場に行って石鹸で洗い、アルコール消毒までする。
その行動が逆に怪しい。俺は確信した。こいつ、何かたくらんでる。
皿うどんが出来上がるまでの間、俺はふみに絶対に気づかれないよう、息を殺して幸輝の動きを監視し続けた。
——料理に、変なものなんて入れさせない。俺が命を懸けて守るべき人に、俺の知らないところで汚れた手を出すなよ。
やがて、湯気の立つ皿うどんが二つ、カウンターの上に置かれた。
「はいお待ちどお。熱いうちに食べな」
幸輝の笑顔がますます気持ち悪い。目が笑っていない。
ふみは嬉しそうに箸を取り、テーブルの上に置いてあったソースの瓶と、塩コショウの容器に手を伸ばした。
「ソース多めが好きなの、知ってるでしょ?」
そう言って、彼女が自分の皿に調味料をかけようとした、その瞬間——
法律なんてものは知らなかったし、ただ技術だけが先行して、毎日鉄を削り、形を作り、命に関わる道具を生み出していた。
だがある日、そうして作り上げた鉄砲の一部が、何者かによって工場から盗まれるという事件が起きた。警察に踏み込まれる直前に何とか証拠を隠し、俺だけは捕まらずに済んだものの、工場はその一件で廃業。跡形もなく消え去り、俺の過去も闇に葬られた……はずだった。
あれから10年の月日が流れた。
俺は今、写真家として活動する唐山ふみと交際している。
ふみとは昔からの知り合いだ。彼女は工場長である貞夫さんの娘で、俺がまだ工場で働いていた頃から、ずっと憧れていた存在だった。昔から足が悪く、いつも車椅子に乗っていた彼女は、それでもいつもカメラを持って工場の中を歩き回り、鉄のにおいや働く俺たちの姿を写真に収めていた。
「愛斗くんの手、機械みたいで綺麗」
なんて笑いながらレンズ越しに見つめられるたび、俺はこの想いを伝えられないまま、ただ見つめ返すことしかできなかった。自分が密造なんて真っ黒なことをしている人間だと知られるのが怖かったし、何より、俺なんかが近づいていい女性じゃないと思っていたからだ。
そんなふみが、長いリハビリの末に車椅子を卒業し、自分の足で歩けるようになったと聞いたときは、心の底から嬉しかった。そして、ようやく俺たちは恋人同士になれた。
今日は久しぶりにふみの家に来ていた。
彼女の父親である貞夫さんは、年を取って体が弱くなり、今は老人ホームのデイサービスを利用している。昼間は家にはおらず、夜にならないと帰ってこない。つまり、今この時間は、俺たち二人だけのものだ。
「愛斗くん…」
リビングで向き合ったふみが、甘えるように俺の名前を呼ぶ。
俺は黙って彼女を引き寄せ、柔らかな唇を重ねた。10年分の想いを込めて、何度も何度も口づけを交わす。昔は触れることさえできなかった存在が、今はこうして俺の腕の中にいる。それだけで、過去の罪も全部忘れられるような気がした。
ふと窓の外を見ると、太陽が真上に来ている。時計を見れば、もうお昼時だ。
「そろそろ何か食べに行こうか。もっちゃんにいかない」
「ああ、行こう。皿うどんが食べたいな」
もっちゃんこと本多幸輝は、昔貞夫さんの工場で一緒に働いていた仲間だ。俺が密造していたことも、工場が潰れた事情も、全部知っている男の一人だ。工場がなくなった後、彼は中華料理屋を開業し、細々と店を続けていた。
店に着くと、カランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃい! おお、愛斗じゃねえか。それにふみちゃんまで…客いないからひまだったんだ」
カウンターの中から幸輝が顔を出す。にやにやとした、品のない笑顔は昔のままだ。
「おうおう。今日は何にする?」
「皿うどんね。二人分お願い」
「はいよ、かしこまり!」
テーブル席に座ろうとすると、「こっち空いてるぜ」とカウンター席に案内された。特に断る理由もなく、俺たちは並んで腰を下ろした。
出来上がるまでの間、俺たちは昔話に花を咲かせた。工場にいた頃のこと、ふみが車椅子だった頃のこと、それから今の写真家としての仕事のこと……。ふみが笑うたびに俺も自然と笑顔になる。幸せな時間だった。
だが——俺はカウンター越しに、幸輝の様子を目の端で捉えていた。
彼は鍋を振りながらも、ふみの方をじっと見ていた。
視線が気持ち悪いくらいに絡みつき、その目は欲情でぎらついている。そして次の瞬間、俺が凍りつくのを見ていたのか、彼は自分の股間のあたりを、指でゆっくりと、卑猥な動きで触り始めたのだ。
(クソッ……)
俺が鋭い視線を送ると、幸輝はハッと我に返り、慌てて手を引っ込めた。「あー、ちょっと手が滑っちまって」なんて意味不明な言い訳を口にしながら、手洗い場に行って石鹸で洗い、アルコール消毒までする。
その行動が逆に怪しい。俺は確信した。こいつ、何かたくらんでる。
皿うどんが出来上がるまでの間、俺はふみに絶対に気づかれないよう、息を殺して幸輝の動きを監視し続けた。
——料理に、変なものなんて入れさせない。俺が命を懸けて守るべき人に、俺の知らないところで汚れた手を出すなよ。
やがて、湯気の立つ皿うどんが二つ、カウンターの上に置かれた。
「はいお待ちどお。熱いうちに食べな」
幸輝の笑顔がますます気持ち悪い。目が笑っていない。
ふみは嬉しそうに箸を取り、テーブルの上に置いてあったソースの瓶と、塩コショウの容器に手を伸ばした。
「ソース多めが好きなの、知ってるでしょ?」
そう言って、彼女が自分の皿に調味料をかけようとした、その瞬間——
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