工場の闇に咲く恋 ~レンズが捉えた秘密~
そう言って、彼女が自分の皿に調味料をかけようとした、その瞬間——
俺は素早く手を伸ばし、ふみの皿を奪い取るようにして、自分の目の前にあった皿とガラッと入れ替えた。
「え? どうしたの、愛斗さん?」
ふみが驚いて瞬く。
俺は何事もなかったかのように笑って見せる。
「あっちの方、エビが多く入ってたからさ。俺、エビ好きだったろ? 交換しようと思って」
「あ……本当だ。ふふ、愛斗さんらしい」
ふみは俺がエビ好きだということをよく知っているので、特に疑うこともなく、今度は俺の方に置かれた元の俺の皿に、ソースとコショウをたっぷりとかけた。
俺は幸輝の方を向いた。
彼は俺を見ていた。俺がふみの皿を取り上げたことを知っている。
俺は彼にだけ聞こえないように、そして彼にだけはっきりと伝わるように、口の端を上げて笑ってやった。
——ざまあみろ。
さっき、彼が調理台の下でこっそりと、ふみのために作った方の皿に、自分の精液を垂らしたのを、俺は見逃していなかった。
俺が密造でどんなに注意深く物事を見てきたか、こいつは忘れていたらしい。
俺は絶対に、ふみにあんな汚いものを食べさせるわけにはいかない。俺の汚い過去も、この男の悪意も、全部俺が受け止めて、彼女だけはいつまでも綺麗なままでいてもらう。
「いただきます」
ふみが幸せそうに麺をすする。
俺は自分の皿に視線を落とし、口の中に広がる鉄臭い過去の味を噛み締めながら、幸輝の震える顔を見下ろした。
二人は完食してからみせをでた。
買い物を済ませ、二人は並んで家路を辿った。夕暮れの道をゆっくりと歩きながら、さっき店で交わした他愛のない会話や、幸輝の不自然だった態度のことが、愛斗の頭の片隅にずっと引っかかっていた。胸の奥から次第に込み上げてくる不快感は、単なる食べ過ぎなどではなく、自分が身代わりとなって受け入れたあの汚れたもののせいだと、痛いほどわかっていた。
玄関をくぐり、靴を脱ぐや否や、その不快感は一気に吐き気へと変わった。
「ふみ、悪い……」
愛斗は声を絞り出すのがやっとで、ふみが心配そうに名前を呼ぶ間もなく、台所へと駆け込む。流し台に顔を突っ込むと、先ほど食べたばかりの皿うどんを、すべて吐き出してしまった。体の中からあの忌まわしいものを排除しようとするかのように、何度も何度も嘔吐し、涙まで溢れ出る。
「愛斗くん! 大丈夫!?」
慌てて追いかけてきたふみが、背中をさすりながら心配そうに覗き込む。流し台には、さっきの皿うどんの麺や具材が戻されているのが見えた。
「食べ過ぎちゃったの? 急いで食べてたから……」
ふみが柔らかい声で問いかける。愛斗は荒い息を整えながら、蛇口をひねって水を流し、吐しゃ物を洗い流した。口の中に残る鉄のような、それでいて生臭いような不快な味に、また吐き気が込み上げそうになるのを堪え、震える手で口元を拭う。
違う。食べ過ぎたせいじゃない。これは——俺がお前を守るために、汚れたものを全部引き受けたせいなんだ。
愛斗はふみの瞳を真っ直ぐに見つめ、覚悟を決めて口を開いた。隠しておきたかった事実だが、これ以上黙っていては、ふみがいつかまた危険な目に遭うかもしれない。
「ふみ……違うんだ。食べ過ぎたんじゃない」
「……どうしたの?」
「さっきの店で……もっちゃんが、お前の皿うどんに、精液を入れてたんだ。俺ははっきりとそれを見たんだ」
静かだが、凍てつくような声だった。
ふみは目を丸くし、息を飲む。信じられない、といった表情で、愛斗の言葉を反芻するように呟いた。
「え……? もっちゃんが……? 昔から父さんとも仲良くて、工場で一緒に働いてたあの本多さんが……?」
「ああ。俺が見間違えたり、勘違いしたわけじゃない。調理台の下で、俺に隠れてこっそりと……お前のために作った方の皿に、自分の体液を垂らしていたんだ。俺はそれに気づいて、お前が食べる前に皿を交換した。だから……さっき俺が吐いたのは、俺が代わりにそれを食べたからなんだ」
愛斗はそれだけを告げると、再び水道水で口をすすぎ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一気に飲んだ。体の中から一刻も早くあの悪意と汚れを洗い流したかった。
部屋には重い沈黙が流れた。
昔馴染みの、いつもにこにこしていた男が、そんな悪質で最低な行為をしたなんて、すぐには飲み込めないだろう。それでもふみは、動揺しながらも、じっと愛斗の顔を見つめ続けていた。
俺は素早く手を伸ばし、ふみの皿を奪い取るようにして、自分の目の前にあった皿とガラッと入れ替えた。
「え? どうしたの、愛斗さん?」
ふみが驚いて瞬く。
俺は何事もなかったかのように笑って見せる。
「あっちの方、エビが多く入ってたからさ。俺、エビ好きだったろ? 交換しようと思って」
「あ……本当だ。ふふ、愛斗さんらしい」
ふみは俺がエビ好きだということをよく知っているので、特に疑うこともなく、今度は俺の方に置かれた元の俺の皿に、ソースとコショウをたっぷりとかけた。
俺は幸輝の方を向いた。
彼は俺を見ていた。俺がふみの皿を取り上げたことを知っている。
俺は彼にだけ聞こえないように、そして彼にだけはっきりと伝わるように、口の端を上げて笑ってやった。
——ざまあみろ。
さっき、彼が調理台の下でこっそりと、ふみのために作った方の皿に、自分の精液を垂らしたのを、俺は見逃していなかった。
俺が密造でどんなに注意深く物事を見てきたか、こいつは忘れていたらしい。
俺は絶対に、ふみにあんな汚いものを食べさせるわけにはいかない。俺の汚い過去も、この男の悪意も、全部俺が受け止めて、彼女だけはいつまでも綺麗なままでいてもらう。
「いただきます」
ふみが幸せそうに麺をすする。
俺は自分の皿に視線を落とし、口の中に広がる鉄臭い過去の味を噛み締めながら、幸輝の震える顔を見下ろした。
二人は完食してからみせをでた。
買い物を済ませ、二人は並んで家路を辿った。夕暮れの道をゆっくりと歩きながら、さっき店で交わした他愛のない会話や、幸輝の不自然だった態度のことが、愛斗の頭の片隅にずっと引っかかっていた。胸の奥から次第に込み上げてくる不快感は、単なる食べ過ぎなどではなく、自分が身代わりとなって受け入れたあの汚れたもののせいだと、痛いほどわかっていた。
玄関をくぐり、靴を脱ぐや否や、その不快感は一気に吐き気へと変わった。
「ふみ、悪い……」
愛斗は声を絞り出すのがやっとで、ふみが心配そうに名前を呼ぶ間もなく、台所へと駆け込む。流し台に顔を突っ込むと、先ほど食べたばかりの皿うどんを、すべて吐き出してしまった。体の中からあの忌まわしいものを排除しようとするかのように、何度も何度も嘔吐し、涙まで溢れ出る。
「愛斗くん! 大丈夫!?」
慌てて追いかけてきたふみが、背中をさすりながら心配そうに覗き込む。流し台には、さっきの皿うどんの麺や具材が戻されているのが見えた。
「食べ過ぎちゃったの? 急いで食べてたから……」
ふみが柔らかい声で問いかける。愛斗は荒い息を整えながら、蛇口をひねって水を流し、吐しゃ物を洗い流した。口の中に残る鉄のような、それでいて生臭いような不快な味に、また吐き気が込み上げそうになるのを堪え、震える手で口元を拭う。
違う。食べ過ぎたせいじゃない。これは——俺がお前を守るために、汚れたものを全部引き受けたせいなんだ。
愛斗はふみの瞳を真っ直ぐに見つめ、覚悟を決めて口を開いた。隠しておきたかった事実だが、これ以上黙っていては、ふみがいつかまた危険な目に遭うかもしれない。
「ふみ……違うんだ。食べ過ぎたんじゃない」
「……どうしたの?」
「さっきの店で……もっちゃんが、お前の皿うどんに、精液を入れてたんだ。俺ははっきりとそれを見たんだ」
静かだが、凍てつくような声だった。
ふみは目を丸くし、息を飲む。信じられない、といった表情で、愛斗の言葉を反芻するように呟いた。
「え……? もっちゃんが……? 昔から父さんとも仲良くて、工場で一緒に働いてたあの本多さんが……?」
「ああ。俺が見間違えたり、勘違いしたわけじゃない。調理台の下で、俺に隠れてこっそりと……お前のために作った方の皿に、自分の体液を垂らしていたんだ。俺はそれに気づいて、お前が食べる前に皿を交換した。だから……さっき俺が吐いたのは、俺が代わりにそれを食べたからなんだ」
愛斗はそれだけを告げると、再び水道水で口をすすぎ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一気に飲んだ。体の中から一刻も早くあの悪意と汚れを洗い流したかった。
部屋には重い沈黙が流れた。
昔馴染みの、いつもにこにこしていた男が、そんな悪質で最低な行為をしたなんて、すぐには飲み込めないだろう。それでもふみは、動揺しながらも、じっと愛斗の顔を見つめ続けていた。