鬼上司のギャップ沼は落ちたら抜け出せない
 世界って、なんて素晴らしいんだろう。
 
「おはようございまーす!」
 月曜日のオフィスに蔓延しがちな陰鬱な空気を吹き飛ばすように、私は意気揚々と挨拶をした。みんな無表情でパソコンに向かっていて、返事はほぼ返ってこない。私も昨日の「推し」からの供給がなければ、憂鬱で顔が死んでいたと思うから、気にしない。
 ありがとう、推し。おかげで今日も私――榎本(えのもと)実智(みち)は元気に生きられます。
「朝なのに元気でいいね、榎本さん」
 心の中で拝みながら自席につくと、隣の席の小林さんから声をかけられる。
「昨日『悪滅の剣』の映画を見て、幸せチャージしてきたので」
「榎本さんハマってるって言ってたもんね。私も映画見に行ったよ」
「そうなんですか?!」
 隣にまさかの同志。先月異動してきたばかりの小林さんが悪滅好きなんて知らなかった。
 週刊少年ステップで連載している超大ヒット漫画『悪滅の剣』。悪魔との混血である主人公が人間を脅かす悪魔を倒していくバトル漫画だ。
 昨年放映したアニメは社会現象になるくらいのブームを巻き起こし、今公開している映画も一週間で興行収入五十億円を突破する大ヒットを記録している。
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