鬼上司のギャップ沼は落ちたら抜け出せない
ずっと船に揺られているようにグラグラとした落ち着かない気持ちで迎えた土曜日。
昨日勢いで買ってしまったドット柄のノースリーブワンピを着て、待ち合わせ場所の駅に向かった。普段の休日はジーンズ一択だから足元でひらめく裾にソワソワする。
やっぱり肩出しは露出しすぎかもと思い直して、電車に乗っている途中でカーディガンを羽織った。
あとひと駅で待ち合わせの駅。待ち合わせ時間までは二十分の余裕がある。コンパクトをサッと取り出してグロスをもう一回塗り直す。
ただ映画のお供に指名されたにすぎないくせに、こんなに気合を入れている自分が滑稽なのはわかっている。いっそみんな、私を指差して嘲笑ってほしい。自分じゃいくら言い聞かせても我に返れないのだ。
なんだか居た堪れない気持ちになって俯きながら電車を降りる。
改札口に着くと壁際にもう佐久間さんが立っているのが見えて、私は思わず目を丸くした。小走りで改札を抜け、佐久間さんの元へ駆け寄る。
「遅れてすみません!」
肩で息をしながら頭を下げると、佐久間さんは苦笑した。
「いや、俺が早く来ただけだから」
首に手を当てた佐久間さんはスッと目を逸らした。どこか照れくさそうに見えるその仕草に私もソワソワしてくる。
「いつもと雰囲気違うな。かわいいよ」
「か、かわ……」
まさかそんなこと言われると思ってなくて、唇がアワアワと震えた。
そう言う佐久間さんこそ、ゆったりとした白のリネンシャツとジーンズで、いつものかっちりしたスーツ姿とは雰囲気がガラリと変わっている。こんなラフな姿も似合うなんて……!
「じゃあ、行くか」
「は、はい」
歩き出すと、まるで自分に浮力が生まれたようにフワフワとした足取りになった。ふたりで商談に行く時よりも少し近い、手が触れそうで触れない距離。
「あのさ」
信号待ちで立ち止まった時、佐久間さんがふと呟いた。
「俺、ただの部下を休日に誘ったりしないから」
一瞬、呼吸を忘れた。
信号機を注視していた視線をそろそろと右隣に移す。
佐久間さんがまっすぐ私を見つめている。まるで世界に私と佐久間さんだけしかいないように思えるほど、まっすぐ私だけを見つめている。
右の手の甲に佐久間さんの指が触れた。窺うような眼差し。その瞳に吸い込まれそうな感覚になりながら、私はゆっくり頷いた。
右手が佐久間さんの手に包まれる。私の手の形を確かめるようにギュッと一度強く握ったあと、佐久間さんの指が私の指の間に入り込む。
おずおず握り返すと、繋いだ手が弾むように振られた。
「実智って呼んでいい?」
言葉で返す余裕もないくらい心臓がバクバクしている。
いつの間にか信号が青になっていた。周囲の雑踏と喧騒が一斉に耳に舞い戻ってくる。
佐久間さんと一緒に歩き出す。
見える景色は昨日までよりきらめいていた。
昨日勢いで買ってしまったドット柄のノースリーブワンピを着て、待ち合わせ場所の駅に向かった。普段の休日はジーンズ一択だから足元でひらめく裾にソワソワする。
やっぱり肩出しは露出しすぎかもと思い直して、電車に乗っている途中でカーディガンを羽織った。
あとひと駅で待ち合わせの駅。待ち合わせ時間までは二十分の余裕がある。コンパクトをサッと取り出してグロスをもう一回塗り直す。
ただ映画のお供に指名されたにすぎないくせに、こんなに気合を入れている自分が滑稽なのはわかっている。いっそみんな、私を指差して嘲笑ってほしい。自分じゃいくら言い聞かせても我に返れないのだ。
なんだか居た堪れない気持ちになって俯きながら電車を降りる。
改札口に着くと壁際にもう佐久間さんが立っているのが見えて、私は思わず目を丸くした。小走りで改札を抜け、佐久間さんの元へ駆け寄る。
「遅れてすみません!」
肩で息をしながら頭を下げると、佐久間さんは苦笑した。
「いや、俺が早く来ただけだから」
首に手を当てた佐久間さんはスッと目を逸らした。どこか照れくさそうに見えるその仕草に私もソワソワしてくる。
「いつもと雰囲気違うな。かわいいよ」
「か、かわ……」
まさかそんなこと言われると思ってなくて、唇がアワアワと震えた。
そう言う佐久間さんこそ、ゆったりとした白のリネンシャツとジーンズで、いつものかっちりしたスーツ姿とは雰囲気がガラリと変わっている。こんなラフな姿も似合うなんて……!
「じゃあ、行くか」
「は、はい」
歩き出すと、まるで自分に浮力が生まれたようにフワフワとした足取りになった。ふたりで商談に行く時よりも少し近い、手が触れそうで触れない距離。
「あのさ」
信号待ちで立ち止まった時、佐久間さんがふと呟いた。
「俺、ただの部下を休日に誘ったりしないから」
一瞬、呼吸を忘れた。
信号機を注視していた視線をそろそろと右隣に移す。
佐久間さんがまっすぐ私を見つめている。まるで世界に私と佐久間さんだけしかいないように思えるほど、まっすぐ私だけを見つめている。
右の手の甲に佐久間さんの指が触れた。窺うような眼差し。その瞳に吸い込まれそうな感覚になりながら、私はゆっくり頷いた。
右手が佐久間さんの手に包まれる。私の手の形を確かめるようにギュッと一度強く握ったあと、佐久間さんの指が私の指の間に入り込む。
おずおず握り返すと、繋いだ手が弾むように振られた。
「実智って呼んでいい?」
言葉で返す余裕もないくらい心臓がバクバクしている。
いつの間にか信号が青になっていた。周囲の雑踏と喧騒が一斉に耳に舞い戻ってくる。
佐久間さんと一緒に歩き出す。
見える景色は昨日までよりきらめいていた。


