本気のキスで甘くとかして
 賢人は岡村を持ち上げつつ、同期の牧や後輩の石田の良さをアピールするようにアシストもしてやりつつ、しかし河合からあからさまに送られてくる秋波は、のらりくらりとかわしていた。
 だが、食事も半分を過ぎると互いの読み合いが始まったのか、少しずつ会話がぎこちなくなってくる。理想の恋人や結婚観など、ぶっちゃけた会話が多くなってくるが、互いに手の内を見せたくはないのか、それとも着飾った部分だけを見せたいのか、曖昧な答えが多くて会話が広がりもしないし進みもしない。

 そうして場の空気が淀んでくると、指原という女子大生がさっと何気ない話題を持ち出して、和やかな会話がゆっくりと繰り広げられた。
 就職活動が来年始まるので、どう進めたらいいのか。一人暮らしをするとしたら、どんなタイミングがいいのか。社会人になっても趣味は続けられるのか。健康のために気を付けていることはあるか。
 大学生でも社会人でも広げられるそうした話題を、誰かを上げたり下げたりすることもなく、指原は慎重に掘り下げていく。おかげで男性陣も女性陣も、必要以上にギラギラすることもなく、かといって不自然に自分を隠したり偽ったりすることもなく、自然な自己開示ができたようだった。

(こいつ……すげぇ気を遣うな。女の側も、半分は知らない相手だろうに)

 数合わせのために呼ばれた合コンでさぞや居心地が悪いだろうに、指原という子は誰よりもさりげなく、しかし素早く、空いた皿やグラスを片したり、次の飲み物を店員に頼んだりしている。そこに「自分を()く見せよう」という打算がないことは、容易にわかる。そういう打算がある者は、自分の気遣いに対する相手からの反応や褒め言葉を期待しているような雰囲気を出すものだが、指原という子に、そうした見返りを求める表情や空気は一切ないのだ。

(もっと気楽にやりゃいいのにな)

 食後のデザートを誰よりも早くたいらげた賢人は、お手洗いへと一人席を立った。そして、男子トイレの鏡の前で、ふと考える。
 指原はとてつもなく生真面目な性格なのだろう。主に異性関係に対して派手に、そしてある意味非常にだらしなく生きてきた賢人は、初対面の相手にすら律儀に誠実に対応しようとする指原に、自分とは真逆の性質を感じた。

 だからなのか、四人の中で誰が一番印象に残ったかと問われたら、間違いなく指原だ。見た目はとても普通の女子大生で、賢人がこれまでに関係してきた女性のようにとびきり美しいわけでも、ナイスバディなわけでも、アイドルのような愛らしさがあるわけでもない。不細工というわけではないが、電車に乗れば同じ車両内に、五人くらいは似たような雰囲気の女性がいそうな、とても平凡な容姿だ。
 だが、生真面目すぎるあの態度が、丁寧すぎるあの気遣いが、やけに気になる。それは「生きづらくないのか」という心配であるような気もするし、「惹かれている」という感覚でもあるような気がした。

(惚れた……わけじゃねぇよな)

 賢人は自分自身に問うてみる。
 指原の言動は好ましく思うが、好いた惚れたという感覚とは少し違うと思う。
 だがここ数年間、ろくな恋愛をしていないせいで、自分は普通の恋愛感情がわからなくなっている気もする。いまわかるのは、必要以上に他人を気遣う指原との縁が今日限りになってしまうのはなぜか嫌だと思う、ということだけだ。

(どうする……)

 惚れたわけではない――と思う。だが、何もせずに縁が切れるのは嫌だ。とはいえ、会社の先輩や同僚がいる中で堂々とアピールするのは、なんだか気が引ける。相手が指原でなければ、一晩限りの相手と割り切って遠慮なく誘うかもしれないが、これまで繰り返してきた不埒なその態度と関係を、真面目な彼女には向けたくないと思う。
 ほかの者たちに気付かれず、なおかつ軽薄なアプローチだと思われないように指原の気を引くには、どうしたらよいのだろうか。
 少しの間考えた賢人は、胸ポケットにしまってある名刺入れとボールペンを取り出した。そして、自分の名刺の裏に自分のプライベート用スマホの電話番号と、短いメッセージを書き込む。その名刺をスマホのレザーカバーの隠しポケットに挟むと、賢人はようやくお手洗いを出て席に戻った。

 仕事関係の飲み会の場合、二次会は必ず実施されるし、賢人も二次会までは必ず参加するようにしている。しかし今回は、女性側の参加者二名が大学生ということもあってか、幹事の岡村が一次会での解散を決めた。
 賢人は河合八重から連絡先を教えてほしいとしつこく頼まれたが、「次の機会があったらな」と言ってはぐらかした。
 残念ながら、河合はおそらく厄介な女だ。一晩限りだとかセフレにすぎないだとか、そういった分別や割り切りはできないくせに、恋愛や男が異様に好きで、常に異性とつながっていないと情緒不安定になるタイプだ。そういう手合いとは、気軽な大人の関係になることは難しい。指原のことがなかったとしても、河合をキープ女の一人にするつもりは毛頭なかった。
 各々手荷物を持って店を出る。そして、最寄りの駅までそろって歩く。そのわずかな時間に賢人は指原にすっと近付き、彼女が持っていたバッグに、スマホの隠しポケットから取り出した例の名刺を気付かれないように入れた。

(気付くのがいつになるか……気付いても、連絡が来るかどうか……)

 駅に着くと、一行は解散となった。電車に乗った賢人は念のため河合を警戒し、二つ先の駅で降りると、駅ビルの中にふらりと入る。そしてまだ開いていた本屋で経済雑誌を軽く立ち読みしてから、再び電車に乗って一人暮らしのマンションへと帰宅した。
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