鯨のうた
それから30分の短いドライブの後に着いたのは、背の高いグレージュカラーのマンション。
そこの8階の803号室が雨龍課長の自宅だった。
「どうぞー」
「お邪魔します」
玄関に入ると、そこにはいつも履いているであろう革靴が一足置かれており、玄関マットは雨龍課長からは思い浮かばない淡い水色の小花柄だった。
「玄関マット、可愛いですね」
「でしょ?」
「でも、意外です。雨龍課長が花柄って」
わたしがそう言ってクスッと笑うと、雨龍課長は不安気な表情を浮かべ「え、これやめた方がいいかなぁ?ダサい?」と言った。
「いえ、そんな事にないですよ。わたしは好きです」
わたしがそう答えると、雨龍課長は不安気な表情を緩め、安堵したように「良かった」と言った。
それから雨龍課長が出してくれたグレーのモフモフしたスリッパに足を通し、廊下を歩いてリビングに向かった。
広々としたリビングは無駄なものを置いていないシンプルな風景だった。
ダークグレーのソファーに大きなテレビ、そしてライトグレーのラグが敷かれ、窓際には観葉植物が置かれていた。
「今飲み物とか用意するから、座ってて」
そう言い、キッチンに立とうとする雨龍課長に、わたしは慌ててついて行くと「あ、これ。大した物じゃないんですけど」とさっき待ち合わせ前に購入していたケーキの箱を差し出した。
「えっ、ありがとう」
「苺タルトなんですけど、雨龍課長···甘い物は食べれます?」
「甘い物好き好き!苺のタルトも好きだよ!」
その言葉に安心したわたしは「良かった」と言って頬を緩ませる。
「わたし、お手伝いしますよ」
「いいのいいの、露草さんはお客様なんだから」
「でも、」
「いいから〜、座ってて」
そう言う雨龍課長はわたしの肩に手を乗せると、ソファーのところまでわたしを押して連れて行った。
その手は大きくて、温かった。