『恋愛ってなんですか?』

第0話 プロローグ

 朝ごはんはご飯でも、パンでもない。
 私は冷凍のたこ焼き派。
 レンジですぐに出来上がるのがお気に入りで、学校がある日はほぼたこ焼きだった。
 明るい木目調の四人掛けテーブルに座り、朝の情報番組を流しながらたこ焼きを頬張る。
 
 私は、二週間振りに学校へ向かう準備をしていた。
 春休みが明け、今日は始業式。
 高校二年生となる。

 始業式といっても教室内に設置されたテレビで座りながら校長先生の話を聞くだけの簡易的な式。
 私の学科はクラスもそのまま持ち上がりなので、特に一年生の頃と変わらない。
 強いていうなら教室が変わるくらいだった。

 机の上に置いていたスマートフォンが小刻みな揺れと一緒に通知を告げる。
 母親からだった。

 [明日の夜、食材と生活費を届けに行くね。]
 [了解。]

 簡潔に、短く返事を送信する。

 両親は私が五歳の頃に離婚、その後は母親に引き取られ、戸籍上では母と弟と三人で暮らしていることになっている。
 半年くらい前から母親は殆ど交際相手の家で過ごしている為、実際はほとんど弟の大和と二人暮らしだった。
 母は離婚後、交際する男性が絶えない。
 恋愛するからといって、私達に暴力を振ることはない。それでも、教えられていないのに出来ないと怒られたり、過保護なまでに私達に干渉してくる事はあった。
 過保護になったり、放置気味な時もあったり、色々と忙しい母親だったが、特別嫌いというわけでもない。
 母親にも一人の人としての人生は大切だろう、と私は思うから。
 一人で全てをこなしてきて余裕も無かったのだろう。

 一つ、問題を挙げるとするなら、恋多き母を見て育ったからか、私は恋愛をしたいと思う事はなかった。
 心を振り回しているその姿を見て、恋愛をする必要性すらわからなかった。
 恋愛なんて泣いたり悩んだり、それに全てを振り回されて手が付かなくなるなんて、私にはメリットよりデメリットが多く感じた。
 人との関わりは、始まりがあれば終わりがある。
 何より、恋愛から歪んだ感情が一番怖いのだと理解していた。
 色恋は必要ない、それが私の出した結論だった。

 朝食を食べ終わり、食器を片付けようと席を立つと、洗面所から弟の大和がひょっこりと顔を出す。

 「ねーちゃん、俺今日彼女とデートだから夜ご飯いらない〜」
 
 思いがけない発言に、驚きを隠す事もなく言い返す。

 「は?!あんた入学したばっかでしょ?!数日前に彼女と別れたーだのなんだの言ってたじゃん」
 「ほら、俺モテちゃうからさ〜」
 「いや、入学式しか行ってないのにモテちゃうからですぐに彼女できる意味がわかんないんだけど?」

 姉の眉間の皺が深くなるばかりだ。

 「それがさっなんか急に告られて、OKしたんだよね。可愛かったし」
 「……そんな付き合い方してたらいつか刺されるよ」

 弟の大和は一つ下の十六歳で、私とは別の高校に入学した。
 大和は、陽気で優しく人当たりが良い。
 姉から見ても顔がいいので、昔からとにかくモテる。
 ただ、顔と中身は比例しない。恋愛になると、自分を好いてくれた女の子は基本拒まないチャラ男だった。
 来るもの拒まず、去る者追わず。
 面食いなので、可愛い子に告白されると、自分に交際している相手がいなければ、よく知らなくてもすぐに付き合う。
 なので、基本長くは続かない。
 姉からすると顔が良くても、こんな軽いチャラ男はあり得ないだろと思う。弟としては害もないのでいいが。
 こんな奴と付き合う女の子の気持ちもわからない。

 姉の心も知らず、大和は軽い口調で話を続ける。

 「ねーちゃんももっとメイクしたり、可愛くなる努力したら即彼氏できるって。宝の持ち腐れすぎーイッテ!」
 
 調子に乗っている弟の横腹に、強めの一発を殴り込む。

 「恋愛なんかしてる暇あったら、もっと意義のあることに時間使うわ」
 
 負傷した横腹をさすりながらも、負けじと大和も言い返す。

 「なんだよ、楽しいのにー。恋愛ゲームみたいで」
 「そんな思考で恋愛してるから、一人の相手と長続きしないのよ。大体、相手は本気かもしれないのに。別れてすぐ他の人と付き合うなんて、そのうち恨まれるよ」
 「良いんだよ、相手もそれで良いって言ってんだから」
 「あんたもあんたなら、相手も相手ね……それでも付き合う意味は何……?」

 姉の言葉も虚しく、大和は全然気にしていないようだった。

 母親を反面教師に育った私と違って、大和は母親を真似する様に恋愛を楽しんでいるようだった。
 大和の行動は、『彼女』に愛される事で心の隙間を埋めようとしているような気がして。今までも、これからも、私には強く止めることはできない。
 誰かといることで満たされる『何か』があるんだろう。
 自分には理解できない話だ。

 食べ終わった食器を洗おうとキッチンに向かう。ふと、冷蔵庫に貼られたカレンダーが目に入り、今日がゴミの日だったことを思い出す。

 「あ!今日ゴミの日!大和!学校先に行くでしょ!ついでに捨ててきて、マンションの裏でて右の所ね」

 面倒くさいと言わんばかりに、うなだれながら玄関で靴を履いている弟に、私は袋を二つ押し付ける。

 「え〜」
 「ついでなんだから。ほら、さっさと行く」

 シッシッ、と私の追い出す仕草を見て、大和は面倒くさそうな顔をしながらもゴミを持ち、学校へと向かった。
 姉には強く逆らえない、弟の性である。

 ゴミ出し担当を送り出し、ダイニングに戻ると時計がもうすぐ出る時間を示していた。

 「やば、私も出ないと」
 
 急いでお皿を洗い、身支度を済ませる。
 入学から一年経ち、新品で堅かった革靴も、今ではスニーカーより早く走れる気がする。

 玄関を出て、上下についた鍵を閉める。
 マンションの二階から階段を使って一階へと降り、廊下、エントランスを通って外へ出る。

 駅までの道は薄紅色の花びらが舞っていた。
 
 (……一枚取れるかな?)
 
 歩きながら空を掴んでみる。
 誰かが進級をお祝いしてくれているような気さえした。
 空気も、風も。心地よい朝だ。

 「電車で寝ちゃいそう」

 小さな声で呟き終えると、駅へと足を動かし始める。
 案の定、私はうたた寝で夢を見てしまうほど、寝てしまうのだった。
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