文豪の楽園
編集長は私に手紙を渡してきた。
「これは?」
「中、中見てみろ」
封筒に新谷丙と記されている。先生宛の手紙らしい。裏面には何も書かれていない。つまり誰から送られてきたか分からなかった。
それにしても何を編集長はそんなに険しい顔をしているのだろうか。
私は中から手紙を取り出す。
ざっと目を通して、愕然とした。
「こ、これ脅迫状じゃないで──」
「しっ声がでかいんだよ。これがさっき編集部に届いたんだ。もうなんだってこんな時に……タイミングが悪いったらありゃしねえ。日比野、なんか心当たりは無いか?」
「いえ……全くないです。強いていえば若干、変わり者ではあるかもしれませんがこんな脅迫状を貰うような方ではありません。6日後にサイン会もあるのに心配ですね」
「そうなんだよ。先生になんかあっちゃたまらないからなあ。ああ、また悩みの種が……」
そう言って編集長はデスクに突っ伏した。
私はもう一度、脅迫状を読む。
『 なんで俺が書いた物があいつに負けたんだ。絶対に許さない。許さない。
あんなやつ、絶対に許さない。俺はあいつを許さない。
必ず殺してやる。』
先生の作品に対する妬み。
送り主は先生が授賞した『御坂賞』に応募していたのだろう。そして、その小説は日の目を浴びることなく、怨みに変わった。
恐ろしいけれど、同時に可哀想にも思う脅迫文だ。
同じ舞台で競う相手があまりに強かった場合、こんなふうに捻くれてしまうのかもしれない。
だとしても、こんな物を送り付けていいとはならないけれど。
来週のサイン会までに何とかしなければいけない。とは思うものの、どうするべきか……。
延期するに超したことないんだろうけれど、もし送り主さえ突き止められれば先生の安全も確保出来るかもしれない。
何か、手がかりはないかと封筒を見る。
犯人も馬鹿でないらしいので、当たり前に住所や名前、消印さえもない。ただ、新谷丙としか書かれていない。
つまり、犯人がわざわざここの『御坂出版社』のポストへ入れにきたということだ。なんと執念深いというか、暇というか。
私は一旦、脅迫状を封筒へ仕舞い、デスクで頭を抱えた。