追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

第15話 救国の将軍様【辺境兵士視点】

「お前、新入りの女、見たか?」

 炊事番の帰り道、兵舎の裏手で煙草をふかしていたら仲間のグレッグがひそひそと声を潜めてきた。

「えっと……もしかしてセラさんの事?」
「ああ。あの人マジで只者じゃねぇだろ。品が違いすぎる」
「まあ、確かに。身のこなしも言葉遣いも、貴族っぽいっていうか……」
「俺なんか昨日、皿持って渡そうとしたら「ありがとうございます」って深々とお辞儀されたぞ?目も逸らさずにだ。怖くなって謝っちまった」
「はは、それはお前がビビりなだけだろ」

 からかいながらも、俺――ライルは、そっと目を細めた。

 【セラ】と名乗る女。

 将軍様に保護されて以来、雑務をこなしながら黙々と働いている。文句も言わず、身分を誇るわけでもなく、目立とうともしない。
 けれど、どうしても視線が向いてしまうのは――あの立ち居振る舞いだ。
 例えば、掃除をしていても姿勢が崩れない。
 水を汲む所作が静かで丁寧。兵士たちへの言葉遣いにも、一切の驕りがない。

(まるで、あの方みたいだ――)

 心の中で、俺は思う。

 カイ・ヴァレンティア将軍――俺たち辺境兵にとって、カイ様は【英雄】だ。

 平民の生まれで貧民街の出身で、十代で志願兵となり、最前線で名を上げた。片腕を失いかけた戦で副将を救い、異民族の襲撃を二度撃退した。
 軍学にも長け、敵の動きを先読みして進軍路を遮断したこともある。
 戦だけじゃない。
 飢饉の時には、自分の備蓄を民に分け与え、疫病が出たときには誰よりも早く薬師を呼び寄せた。
 民を守り、兵を殺さず、敵にも無用な流血を避けさせた。

(……あんな将軍、他にはいないからなぁ)

 だからこそ俺たちは、命を懸けて従う。将軍様が「進め」と言えば進むし、「守れ」と言えば何日でも守る。
 けれど――王都は、あの方を恐れている。
 将軍様はあまりに【持ちすぎて】いるから、らしい。
 人望、実績、戦果、民の信頼――そのどれもが、王太子にも劣らぬほどの力になりうる。
 だから彼は、王都に召し上げられることもなく、ただ辺境に縛られたまま――冷遇されている。
 戦があれば命じられ、平時には放置される。
 恩賞は削られ、援軍の要請にも遅れが出る。
 それでも、将軍様は黙ってこの地を守っている。

(……なんで、あんな方がこんな扱いを……)

 そのたびに俺たちは、腹の底に怒りと悔しさを飲み込む。
 けれど、それでもついていく――あの人の背中に、俺たちの未来があるからだ。

「なあ……そのセラさんさ」
「ん?」
「もしかして、将軍様の……女だったり?」
「んなわけねぇだろ!!」

 グレッグのくだらない妄想に、思わず声を荒げてしまった。
 けれど、どこか否定しきれない自分もいた。
 あの、将軍様があんなふうに他人を庇ったのは、初めて見た。
 冷静で、感情を表に出さないあの人が、彼女のこととなるとわずかに口調が変わる。
 表情が、柔らかくなる瞬間がある――気がする。

(……いや、まさかな)

 俺は首を振って、その考えを打ち消した。
 将軍様は、そんな感情で動く人じゃない。

 でも、きっとあのセラって人も、ただ者じゃない。

 彼女が何かを隠しているのかわからないが、それでも働こうとしている。
 少しだけ、将軍様に似ているのかもしれない。

 夜の巡回を終え、空を見上げると、雲の切れ間から月がのぞいていた。
 この国は、上の連中の都合ばかりで回っている。
 だが俺たちは将軍様のいるこの場所で、正しい背中と言うものを見ていたい。
 そして願わくば、セラと言う人物にも――また立ち上がる場所を、ここで見つけてくれたら。

(……まあ、簡単にはいかないだろうけどな)

 そう心の中で呟いて、俺は静かに歩き出した。
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