追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

第17話 あいつが必要だ、と感じてくる。【将軍視点】

 兵舎裏の高台から、今日も炊き出しに集まった民の様子を見下ろしていた。
 子どもたちは笑い、大鍋を囲む兵士たちも和やかに笑っている。
 何も起きない日常――それは、辺境において奇跡にも等しい価値を持つ。
 そんな中で、ひときわ静かな存在がいる。鍋のそばで器を配る一人の女――セラだった。

 拾った時は素性も知らない、女だった。
 けれど、俺にとってはそんな事はどうでも良い。人間、知られたくない過去だってあるはずだ。
 そんな彼女が今、自分でそうするべきだと決めて、黙々と働いている。
 笑顔のある女の姿を、俺は静かに見つめてた。

「将軍、いいのか?」

 横で口を開いたのは、副官のジークだ。

「……何をだよ?」
「名前も身元も分からねえ女を、屋敷に置いてるってことだよ。あんたは信じすぎる……まぁ、俺も人の事言えねぇけど」
「疑っても証拠はないし、今のところは無害だろ……それに」

 言いかけて、俺は小さく息を吐いた。

「俺はあの女に必要な存在だと考えてる」

 それを聞いたジークが目を丸くする。

「……将軍が、そんなふうに言うとはな」
「俺は情で判断しねェ……必要か否か、それだけだよ……ただ、あの女は、ただの流れ者じゃない」

 立ち居振る舞い、言葉の選び方、火加減の扱いすら――どれもが洗練されている。
 戦場のように生きるか死ぬかの場を通った者の静けさと、高位の教育を受けた者特有の芯の強さが、共に存在している。
 あんな女が、ただの身寄りのない女のはずがない。
 それでも、俺は問わない。
 人は、過去を変える事なんて、出来ない。
 だが、これからを選ぶことはできる。
 そしてセラは、選び続けている。弱音を吐かず、逃げず、今の自分にできることを必死に探している。

 ――そういう人間を、俺は嫌いになれない。

 ふと、下の広場で彼女が手を滑らせて器を落としたのが見えた。
 すぐさまサーシャが駆け寄っている姿。

「ご、ごめんサーシャ」
「大丈夫大丈夫!すぐ洗えるから」

 二人は笑いながら拾っていた。
 セラも、良い笑顔をしている。

(……いい笑顔を、するようになったな)

 あの女は、まだ心に傷を負って生きている。
 信じていたものに裏切られ、失って、壊されて――それでも、もう一度生きる場所を探そうとしている。
 ならば、この屋敷はその場所であってもいい。
 この辺境が、彼女の再出発の地になってもいい。

「ジーク」
「なんだ?」
「屋敷の防衛網、少し広げておいてくれ……あの女が、何かに巻き込まれる可能性がある」
「つまり……敵が来ると見てる?」
「まだ【何か】は知らねェ、ただの直感だ。だが――」

 俺は言葉を切り、遠く彼女を見つめる。

「……あの女は、きっとまた【嵐】を呼ぶかもしれねェ……だが、それでも俺は、あいつをここに置いておきたい」
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