追放された侯爵令嬢の幸せと、彼女を捨てた者たちの末路

第23話 揺れる影【将軍視点】

 屋敷の執務室には、薪のはぜる音だけが、静かに響いている――遅い時間だ。
 副官であるジークがこの時間に報告を持ってくるのは、そう多くはない。
 扉をノックする音もなく静かに開かれたのは、緊急の合図だった。
 入り込んできたジークの顔を一目見て、俺はすぐに察する。

 ――これは、ただの報告じゃねぇな。

「……何を掘った」

 問いかけに、ジークは無言で封書を差し出してきた。
 それを受け取り、手早く封を切る。
 分厚い紙と王都で使われる高級な羊皮紙の手触り。そして――筆跡。
 記録の書き方にも、妙に見覚えがある。

「……【影】か」

 つぶやくと、ジークが静かに頷いた。

「はい。王都の諜報機関【影】が用いている記録様式と一致しております。差し出し人は不明ですがどうやら【協力者】が一人、内部にいるようです」
「で、対象は……」

 ページをめくるたびに、胃の奥が冷えていく感覚があった。
 対象の名前、行動の記録、屋敷での生活態度。
 癖、会話の内容、動線、接触者リスト。
 そして――名前。

「……【セレスティア・アルセイン】……」

 息を吐くように、その名を読んだ。
 ジークが低く言葉を継ぐ。

「将軍、お気づきかとは思いますが……件の【セラ】と完全に一致します。旧侯爵家の令嬢にして前王太子殿下の婚約者。半年前に国外追放の勅命を受けた――その本人です」

 俺は視線を報告書から外し、ジークの顔を見た。
 彼は変わらず、忠誠と警戒を混ぜたような表情で言葉を続けた。

「……すでに王都から数名の間者がこの領内に入っております。行動はまだ慎重ですが、恐らく――時間の問題かと」
「……狙いは?」
「現時点では判然としませんが、対象がセレスティア本人である以上、彼女を奪還、あるいは……抹消する目的も否定できません」
「抹消、か」

 ジークの声には、珍しく感情が滲んでいる。
 怒りにも似た、それでいて冷静を保った色。

「まさか、彼女が――あの【セラ】が王都を揺るがす存在だったとは……」

 俺はゆっくりと書類を閉じ、机に置いた。

「……あいつが貴族だろうと、王太子の婚約者だったとしても……今の【セラ】を見てきたのは俺たちだろう、ジーク」
「将軍……」
「誰かに媚びず、嘘もつかず、ただ必死に生きようとしてる。屋敷の誰かを裏切ったか? 兵士たちに仇をなしたか? 一人でも、あいつに【害】と言うモノを受けた奴がいるのかよ」
「……いません。むしろ、皆が彼女を信頼しています……私も、同じです」

 ジークの声が少しだけ柔らいだ。

「……では、この記録は……」

 問いかけに俺は黙って書類を手に取り、焚き火の中へと放り込んだ。
 報告書は赤く焼け、パチパチと音を立てて崩れていく。

「ジーク、このことは他言無用だ。報告も記録もするんじゃない」
「了解しました……しかし、王都がこれだけ本腰を入れたということは、今後何らかの動きがあるはずです」
「ああ。それはわかってる」

 だが、それでも。
 俺の中に迷いはなかった。

「お前が言わない限り、俺は何も問わねぇよ、セラ……いや、【セレスティア】」

 その名を口にするのは、初めてだった。
 だが、それでも俺の中で彼女の存在は何一つ変わらない。
 信じている。
 誰よりも、あの女の【今】を見てきたからこそ。

「……将軍。王都が動いたとなれば、これはもう保護しているという言い訳じゃ通用しません」
「ああ。だからこそ守ってみせる……それも俺のやり方で、だ」
「承知いたしました……では、失礼いたします」
「ああ」

 ジークが一礼し、扉を閉めて出ていく。
 それと同時に執務室に再び静けさが戻った。
 外では、夜風に揺れる木々の音が聞こえる。
 この地に、嵐の前触れのような気配が近づいているのがわかる――だが、俺はもう揺るがねぇ。
 セラ――いや、セレスティア。
 あの女が過去にどれだけ傷つき、追われたとしても。
 今、この地で前を向いて生きている限り――俺は、味方であり続ける。

 出会った頃を思い出してしまった。
 彼女が傷つきながら静かに俺に目を向けたあの姿を――一体彼女はどんな事をされてこの地に流れてきたのか、すぐにわかる。
 だからこそ、これ以上【奴ら(王都)】の好きにはさせねぇ。

(……その覚悟だけは、もう決めてる)
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